新そよ風に乗って ⑧ 〜慕情〜
「貴方……ごめんなさい。 私……」
「いいんだよ。 分かってくれれば、 それで。 待った甲斐があったというもの。 僕たちと貴博の人生は、 まだこれからだ」
御主人の言葉に、 ミサさんは黙って頷いていた。
ミサさんも苦しんだと同時に、 御主人も苦しんでいた事をきっとミサさんも気づいたんだ。

ミサさんが少し落ち着いたところで、 御主人は改めて高橋さんに向き直った。
「いろいろ、 本当にありがとうございました。 そして、 ご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありません」
「こちらこそ、 若輩ながら不躾なことを申し上げまして、 深くお詫び致します。 どうぞ、 お大事になさって下さい」
高橋さんは、 ご主人に深々と頭を下げた。
その姿を見て、 何故か安堵している自分が居て……それなのに、 涙が溢れている。 同時に、 高橋さんが素敵に見えて仕方がない。 謝るべきところは、 きちんと謝る姿勢。 その姿が、 本当に美しく見える。 不謹慎だが、 男性を美しいと思える事ってあるんだと、 初めて実感した瞬間だった。
そしてミサさんの背中を少し押すようにして、 ミサさんの御主人はドアを開けて病室の外に先に出ようとして、 その後ろからミサさんが続いていたが、 ドアを出る直前、 ミサさんが前を向いたまま立ち止まった。
「貴博……」
ああ……。
ミサさんが高橋さんの名前を呼ぶ度に、 胸が締め付けられる思いがする。
「やっと……私も、 前に進めそうな気がするわ」
ミサさん……。
ミサさんは、 そう言うと高橋さんを振り返った。
「ミサ……」
一瞬、 高橋さんが下を向いたが、 直ぐにミサさんを真っ直ぐ見た。
「蓋然性から言っても、 失ったものを数えるより、 今ある良い事だけを数えて生きて行く方が得なんだという事に、 俺も気づいた」
高橋さん……。
「貴博……貴方、 本当に良い男になったわ。 ありがとう」
「Good Luck。 ミサ」
その時のミサさんの表情は、 泣いていたはずなのに……。 私と中庭で会った時とは、 まるで別人のようなとても素敵な笑顔だった。
高橋さんの表情は、 ドアの方を見たまま背中を向けているので窺い知ることは出来なかったけれど、 きっと笑顔だったと思う。 
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