奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
済まない……と、リチャードソンは、何度も、何度も、『セシル』 に謝ってくれた。
だが、リチャードソンは、全く悪くない。
むしろ、ヘルバート伯爵家は被害者だ。あんな理不尽な侯爵家の横暴を押し付けられて、口答えすることも許されず、泣き寝入りしなければならなかったのだから。
「いいえ、違いますわ、お父さま。お父さまは、何一つ悪くありません。あんな横暴で、理不尽な要求を押し付けてくるなんて、もう、それだけで常識もなく、ふざけ過ぎています」
貴族社会でそれが当然の行動だとしても、『セシル』 が受け入れていない理不尽さを、“当然”などというくだらない習慣で、締めくくりたくはない。
締めくくる気はない。
「お父さま、ここだけのお話ですけれど、あんな下品で横暴で、大した器でもない(クソガキ) 息子に結婚させられるなんて、最悪でしょう? 人生なんて、あったものでもありませんわ」
「セシル、それは……」
「お父さま」
また、ひどく自分を責めて行きそうな父親を止めて、『セシル』 はリチャードソンの腕の中で、少し顔を上げた。
「お父さま。ですから、今からその日に向けて、ヘルバート伯爵家でも、対抗策を考えておくべきです」
「対抗、策……?」
「ええ、そうです。侯爵家の弱味を見つけ出し、伯爵家には絶対不利にならない状況に持っていくのです。こう言ってはなんですが、あんな下品で頭の悪そうな息子なら、きっと、簡単にボロを出すことでしょう。その機会を決して逃さず、その時を待ち、絶対に婚約解消します」
「セシル……」
なぜかは知らないが、まだ瞳には微かな涙が残っているその幼い顔に、不敵な笑みを見せ、絶対的な自信で断言して来る幼い娘に、リチャードソンは困惑を極め、言葉を失っている。
「それで、お父さまには、私に協力して欲しいのです」
「協力……?」
「私一人きりでは、できることも限度があります。一人きりでやり遂げることも、難しいでしょう。ですから、私には、お父さまの協力が必要なのです」
「協力など、いくらでもするよ」
あまりに困惑を極め、今の状況だって理解できていないはずなのに、リチャードソンは躊躇いもなく、それを言い切っていた。
ああ……、やっぱり、父であるリチャードソンに秘密を明かしたのは、間違いではなかった。
こうやって、惜しみなく娘を大切にしてくれるリチャードソンだから、『セシル』 も父に賭けてみたのだ。
「ありがとうございます、お父さま……」
「だが……、婚約解消など、無理があるよ……」
「無理かどうかは、まず最初に、問題が何なのかをしっかりと見極める必要があります。状況判断もせず、憶測だけで無理を決めていては、一歩も前進できません」
「は、あ……。そう、かな……?」
「ええ、そうです」
そして、いきなり、全く子供らしからぬ口調で、態度に変わってしまった娘を前に、更なる混乱が生じているリチャードソンだ。
「お父さまが混乱していることも、質問なさりたいことも、私は、隠し事はしません。ですから、いつでも、私に質問してきてください。それと同時に、私がこれからすることも、お父さまだけには隠し事はしません」
「でも、セシル……。さすがに、無理――いや……もし、無理ではないとしても……」
無理だろう……と、言いたいのだろう。
その気持ちは、十分に理解できる。
だが、『セシル』 の体にいる自分だろうと、元々の性格からでも、“無理”という概念を決めつけないのだ。
“無理”が何なのか、しっかりその状況や理由を理解できなければ、“無理”と決めつけているのは、自分自身の感情や憶測が多い。
だから、自分で出口を閉ざさないようにするのだ。
「お父さまだけには全てをお話しますけれど、それでも、どうしても誰かに秘密を話したくなった時は、お父さまが信用している者にだけ、お話なさってもいいのですよ」
「そんなことは、しないよ、セシル」
「これは、なにも、お父さまを信用していないから、話しているのではありません。「人間」 という生き物は、とかく、秘密を隠すのが下手なのです。秘密を持っていると、つい、誰かに話したくなってしまう傾向があるのです」
「これは秘密だから、絶対内緒にしてね?」 と言う風に。
それで、内緒が次の人に伝わって、次の人からまた違う人に伝わって、内緒の内緒が重なって、大抵は、すでに内緒ではなくなってしまっているのだ。
「特別に訓練された人でもなければ、秘密を保持していくことは、結構、難しいものなのです。ですから、お父さまがそのような状況になった場合、信用している者でしたら、秘密を明かしても構いません」
「それは、しないつもりだが……。まあ……、一応、考えておくよ……」
なんだか、変な理論で言いくるめられてしまったのだろうか……。
「今日は、突然、こんな話を聞かされて、驚いているのと、混乱しているのと、色々だと思います。ですから、この話は、また明日にでもしましょう、お父さま? 一晩眠れば、少しは頭の方も冷静になると思いますので」
「そう、かな……?」
釈然としないまま、その日は、爆弾宣言をされたような思いで、セシルに勧められたように、リチャードソンも一晩眠って考えることにしたのだった。
だが、リチャードソンは、全く悪くない。
むしろ、ヘルバート伯爵家は被害者だ。あんな理不尽な侯爵家の横暴を押し付けられて、口答えすることも許されず、泣き寝入りしなければならなかったのだから。
「いいえ、違いますわ、お父さま。お父さまは、何一つ悪くありません。あんな横暴で、理不尽な要求を押し付けてくるなんて、もう、それだけで常識もなく、ふざけ過ぎています」
貴族社会でそれが当然の行動だとしても、『セシル』 が受け入れていない理不尽さを、“当然”などというくだらない習慣で、締めくくりたくはない。
締めくくる気はない。
「お父さま、ここだけのお話ですけれど、あんな下品で横暴で、大した器でもない(クソガキ) 息子に結婚させられるなんて、最悪でしょう? 人生なんて、あったものでもありませんわ」
「セシル、それは……」
「お父さま」
また、ひどく自分を責めて行きそうな父親を止めて、『セシル』 はリチャードソンの腕の中で、少し顔を上げた。
「お父さま。ですから、今からその日に向けて、ヘルバート伯爵家でも、対抗策を考えておくべきです」
「対抗、策……?」
「ええ、そうです。侯爵家の弱味を見つけ出し、伯爵家には絶対不利にならない状況に持っていくのです。こう言ってはなんですが、あんな下品で頭の悪そうな息子なら、きっと、簡単にボロを出すことでしょう。その機会を決して逃さず、その時を待ち、絶対に婚約解消します」
「セシル……」
なぜかは知らないが、まだ瞳には微かな涙が残っているその幼い顔に、不敵な笑みを見せ、絶対的な自信で断言して来る幼い娘に、リチャードソンは困惑を極め、言葉を失っている。
「それで、お父さまには、私に協力して欲しいのです」
「協力……?」
「私一人きりでは、できることも限度があります。一人きりでやり遂げることも、難しいでしょう。ですから、私には、お父さまの協力が必要なのです」
「協力など、いくらでもするよ」
あまりに困惑を極め、今の状況だって理解できていないはずなのに、リチャードソンは躊躇いもなく、それを言い切っていた。
ああ……、やっぱり、父であるリチャードソンに秘密を明かしたのは、間違いではなかった。
こうやって、惜しみなく娘を大切にしてくれるリチャードソンだから、『セシル』 も父に賭けてみたのだ。
「ありがとうございます、お父さま……」
「だが……、婚約解消など、無理があるよ……」
「無理かどうかは、まず最初に、問題が何なのかをしっかりと見極める必要があります。状況判断もせず、憶測だけで無理を決めていては、一歩も前進できません」
「は、あ……。そう、かな……?」
「ええ、そうです」
そして、いきなり、全く子供らしからぬ口調で、態度に変わってしまった娘を前に、更なる混乱が生じているリチャードソンだ。
「お父さまが混乱していることも、質問なさりたいことも、私は、隠し事はしません。ですから、いつでも、私に質問してきてください。それと同時に、私がこれからすることも、お父さまだけには隠し事はしません」
「でも、セシル……。さすがに、無理――いや……もし、無理ではないとしても……」
無理だろう……と、言いたいのだろう。
その気持ちは、十分に理解できる。
だが、『セシル』 の体にいる自分だろうと、元々の性格からでも、“無理”という概念を決めつけないのだ。
“無理”が何なのか、しっかりその状況や理由を理解できなければ、“無理”と決めつけているのは、自分自身の感情や憶測が多い。
だから、自分で出口を閉ざさないようにするのだ。
「お父さまだけには全てをお話しますけれど、それでも、どうしても誰かに秘密を話したくなった時は、お父さまが信用している者にだけ、お話なさってもいいのですよ」
「そんなことは、しないよ、セシル」
「これは、なにも、お父さまを信用していないから、話しているのではありません。「人間」 という生き物は、とかく、秘密を隠すのが下手なのです。秘密を持っていると、つい、誰かに話したくなってしまう傾向があるのです」
「これは秘密だから、絶対内緒にしてね?」 と言う風に。
それで、内緒が次の人に伝わって、次の人からまた違う人に伝わって、内緒の内緒が重なって、大抵は、すでに内緒ではなくなってしまっているのだ。
「特別に訓練された人でもなければ、秘密を保持していくことは、結構、難しいものなのです。ですから、お父さまがそのような状況になった場合、信用している者でしたら、秘密を明かしても構いません」
「それは、しないつもりだが……。まあ……、一応、考えておくよ……」
なんだか、変な理論で言いくるめられてしまったのだろうか……。
「今日は、突然、こんな話を聞かされて、驚いているのと、混乱しているのと、色々だと思います。ですから、この話は、また明日にでもしましょう、お父さま? 一晩眠れば、少しは頭の方も冷静になると思いますので」
「そう、かな……?」
釈然としないまま、その日は、爆弾宣言をされたような思いで、セシルに勧められたように、リチャードソンも一晩眠って考えることにしたのだった。