腹黒御曹司の一途な求婚
 私は、ここベリが丘に本店を構える老舗呉服屋『菊乃屋』を営む美濃家に、一人娘として生を受けた。
 優しい両親がいて、欲しいものは大抵買ってもらえて、何不自由ない暮らしを送っていた私は恵まれた子供だったと思う。
 実際、私は幸せだった。
 母が死ぬまでは――

 江戸時代に菊乃屋を創業した美濃家は、呉服業を営むと同時に、数々の不動産を有することで富を築きあげていた。
 
 そんな裕福な家柄に生まれた父とは対照的に、母はごくごく普通の一般庶民。喫茶店で働いていた母を、父が見初めたのが二人の馴れ初めらしい。
 
 確かに子供の私から見ても、母はとても美しかった。色白の整った顔立ちで、『萌黄ちゃんのお母さんって女優さんなの?』なんて友達によく聞かれたものだ。

 でもそんな母を美濃の親戚はよく思わなかったようだ。「美濃に取り入った女狐」とか「父をたらし込んだ売女」とか、それはもう聞くにも耐えない酷い内容の陰口を叩かれて、母は常に除け者にされていた。
 
 幼い頃はその言葉の意味は分からなかった。それでも母が嫌われているのだということだけは、はっきりと理解していた。
 美濃の親戚は私に対しては親切で、余計に母に対する態度の違いが際立っていたから。
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