腹黒御曹司の一途な求婚

帰ってきた憧れの街

 ――次は、ベリが丘、ベリが丘。

 すし詰め状態の電車内に降車駅を告げるアナウンスが車内に流れ、私は押し出されるように駅へと降り立った。
 
 人熱でむっとした車内からやっとのことで解放され、思わず安堵のため息がこぼれる。汗ばんだ首筋を撫でる、少し冷えた花風が心地いい。
 
 人波に乗って改札を目指しながら、私は興味深く真新しい駅舎を見回した。
 
 有名建築家が設計を手がけたこの新駅舎は、一年前に改修が終わったばかりだ。ガラス張りの解放感溢れるコンコースが美しく、駅ナカには超人気スイーツ店も出店している商業施設があり、オープンの際はワイドショーでも取り上げられていた。

 向かって左に見えるのは雄大な東京湾。反対側には、少し緑が混じった桜並木の奥に立派な邸宅が数多く建ち並んでいる。
 
 この街、ベリが丘の北部に位置するその住宅街――ベリが丘三丁目は日本屈指の高級住宅街だ。
 それを裏付けるように、三丁目一体はまるで城塞のようにどこまでも続く高い柵で囲われている。というのも住民のほとんどが名だたる企業の社長や、政財界の重鎮、各分野の著名人なので、厳戒な警備体制が敷かれているのだ。

(十年くらいじゃ、そんなに変わらないよね)

 閑静ではあるけども、どこか威圧感の漂う住宅街とは反対方向に駅を抜けて、大通りを歩く。
 変わったようで変わらない街並み。見回していると、どこか懐かしい気持ちが込み上げてくる。
 
 もう二度と訪れることはないと思っていたのに――
 
 自嘲めいた笑みが口元に浮かぶ。でも気分は不思議と凪いでいた。
 この街に戻らなければいけないと知った時に感じた動揺も、今は新しい生活への期待感に打ち消されている。
 
 私は従業員専用の通用口の重いスチールドアを開き、今日から新しい職場となるホテル、『アスプロ東京』に足を踏み入れた。
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