腹黒御曹司の一途な求婚
 だが浮き立った気持ちで好きだと告げようとしたのも束の間、萌黄がとんでもないことを口にしたので何も言えなくなった。

『お互いいい大人だし、このくらいで付き合おうとか言ったりしないから、安心して?』

 思わず、『は?』と間抜けな声が口を衝いて出そうになった。
 萌黄の肩を鷲掴んで、何を分かってるんだ?と問い詰めたくなる衝動を必死に抑えた。

 錯乱する思考の中で唯一分かったのは、彼女がこの関係を無かったことにしようとしているということ。
 
 嫌だ、と心が叫んだ。
 己の内の執着が爆ぜて、激しく燃え盛るのを感じた。

 責任を取るという大義名分を掲げて萌黄に結婚を申し込んだのも、ひとえに彼女を手放したくなかったから。
 困惑顔で即お断りをされたが、嫌悪ゆえではないと分かれば、諦める気など毛頭起きなかった。

「でも、なんでそれで付き合ってないんだ?」
「色々あるんだよ、色々」
「あー……」

 意外と聡い駿は、俺の言う"色々"を察したようで言葉を濁して頷いた。

 手酷く傷つけられてもなお、萌黄は父親との約束を果たそうとしている。
 あの無茶苦茶な要求を呑む代わりに金銭を受け取っているという負い目もあるのだろうが、決してそれだけが理由ではないことも見て取れた。
 萌黄はまだ、あのクズな父親に親子の情を抱いているのだ。

 その健気な姿が歯痒かった。
 傷ついた彼女を守ってやりたいと――この手で幸せにしてやりたいと傲慢にも思った。
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