花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—

第陸話 休日

***

もったりと重たい、明らかに動物性だとわかるような独特の匂いが鼻をつく。

(にかわ)の匂い、全然慣れないです」

そう言って鼻をつまむ私を櫂李さんが笑う。

「私は慣れてしまったけど、決して良い匂いとは言えないからね。とはいえ商売道具だから、申し訳ないけど我慢してくれ」
私は首を横に振る。
「好きな匂いじゃないけど、無理なわけじゃないから。私も早く慣れたい」
私の言葉に、彼が嬉しそうにまた笑う。

膠というのは日本画を描く時に使う画材の一つで、動物の皮や骨などを煮つめて干し固めたゼラチン質の物。
これをまた煮て溶かしたものを、絵の具を紙に定着させる糊として使用するのだと櫂李さんが教えてくれた。
煮溶かす時に独特な匂いが部屋中に漂う。

「六月の梅雨時は湿度が読めなくて一番やりにくいんだ」
櫂李さんが、板に貼った紙に刷毛で絵の具と先ほどの膠を混ぜたものを塗りながら言う。

日曜日の昼下がり、私の目の前には画材がたくさん広がっている。

和紙、絵の具を入れる白い小皿、乳鉢、筆、刷毛、岩絵具という日本画用の粉状の絵の具……。

彼は家の一室をアトリエにしていて、今日はそこで絵を描く様子を見学させてもらっている。

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