花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—

第拾伍話 約束

浮かない、だけどどうすることもできない気持ちを抱えたまま十一月が終わろうとしている。

「ただいま」

この日は授業が休講になって、予定より早い十五時に帰宅した。
玄関には見慣れない靴が二足。
一つは男性ものの革靴、もう一つはヒールの高いパンプス。

「おかえり」
「木花ちゃんおかえり〜お邪魔してまーす」
「お邪魔してます」

客間に顔を出すと、如月さんと透子さんがいた。
今日は二人ともスーツを着ている。

「いらっしゃいませ」

櫂李さんと二人の間の座卓には絵が一枚置かれている。

「あれ? 絵、描き終わったんですか?」
見たことのない絵に思わず反応してしまう。
それは秋の草花と小鳥を描いた絵だった。

「あら、木花さんに見せてないの?」
笑顔の透子さんの言葉にまた気持ちが沈む。
私よりも彼女の方が絵を先に見ている、たったそれだけのことなのに。

「君たちに先に見せないと、また木花に余計なことを吹き込むからね」
「そんなことしてないだろ?」
「若い奥様だと気を遣って大変ね」
子どもっぽい嫉妬心は透子さんに見透かされている。

「……あ、お茶、おかわり淹れてきましょうか? 芹沢(せりざわ)さん、もう帰ってますよね」
芹沢さんというのは、春海家に来てくれているお手伝いさん。
だいたい十四時過ぎにはひと通りの家事を終えて帰ってしまう。
私は大学の荷物が入った黒い革のトートバッグを肩から下げたまま、急須を持って台所に向かった。
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