カラダもココロも甘く激しく溺愛してくる絶対的支配者様〜正しい恋の忘れ方〜
「ちょっと静かに!」

中村さんが口元に人差し指を当てながら、私と長谷川さんに言った。

対象者がスマホで通話をしながらこっちに近づいてくる。

別棟の入口で対象者は止まった。
私達は本校舎と別棟の間からもう少しだけ奥のほうに身を寄せ合った。

スマホで話す声がよく聞こえてくる。

「あー、もう嫌だなぁー。え?何がって、ヒ!ロ!ム!くんっ。ヒロムくんだよ。全然私のことなんて眼中に無いって感じ」

対象者は嘆きながら空を見上げた。

曇り空。今にも雨が降り出しそうだった。
グレーの分厚い雲がどんどん校舎に影を落としていく。

「ごめんね!私、早く行かなきゃ。どこにって、もー!今更そんなこと聞くの?美術室に決まってんじゃん!え?うん、今度ね。今度ちゃんと紹介するから。うん、うん。じゃあね」

通話を終えた対象者は一度背伸びをしてから、ポニーテールのリボンを整えた。

最初から綺麗なリボンは何も変わらなかった。

「本当に対象者でしたね」

中村さんがスマホをポケットに滑り込ませて、私と長谷川さんに頷いた。

「行こうか」

「はい」

対象者に鉢合わせないように五分待ってから、私達は美術室のある別棟に足を踏み入れた。

「やっぱり片思いの相手とただ会ってるだけじゃないですか?そんなにおかしい様子も無かったですよね」

「それならそれでいいの。なんでもありませんでしたって報告さえできればね」

長谷川さんはノートを胸の前で抱きながら階段を一段飛ばしで上っていく。
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