だって、そう決めたのは私
「で、ブンタなんだけど。正直言って、今は匡もパニックだし。その状態で、別の家に連れてこられるのは、ブンタにも重荷だと思うの。だから、私があいつの家に泊まるのが一番かなとは思うんだけど……」

 嫌だ、とは言えない。そんな子供じみたことを言って、困らせてはいけない。これは生死がかかっている話だ。そんな小さな靄をグッと押し込める。

「でもさっき言った通り、私も明日、早く出なくちゃいけなくて。ずっとはいてあげられない。そうなると、宏海に行ってもらう方がいいんだけど……仕事、この後もやるよね?」
「あぁ……そうなんだよね」

 材料を持って行けなくもないが、あまり音が出る作業は出来ないだろう。腕時計に時間をかけたことによる皺寄せが、こんな形で出るとは思いもしなかった。

「だよね。一応、ホテルとかも確認したみたいなんだけどね。ダメだったって。うぅん……どうし、あ」
「どうした?」
「あの子。ほら、宏海も見かけたっていう。匡の好きな子。あの子に頼めないかな」
「まぁくん、その子のこと知らないんじゃないの? 連絡先とか家とか」
「あぁそうか。その話もしてなかったね。この間、羽根に夜ご飯食べに行った時に聞いたの。隣の部屋の子だったって」
「えぇ、そうなの?」
「うん。隣の部屋だったら、時々覗きに行ってもらえればいいし……どうだろう。それでダメだったら、私が行くわ」
「うぅん……分かった。そうなったら、カナちゃんが出る頃に僕が一回交代に行くよ」

 オッケー、と笑ったカナちゃんは、すぐまぁくんに電話をかける。こっちの事情を説明して。隣の彼女に時々覗いてもらえないか、と。彼は渋ったのだろう。想像がつく。でもこれは、冗談じゃなくて、どうにも都合が付かないのだ。カナちゃんが朝出る頃に、弁当を持って訪ねるくらいは出来るけど、僕もそのままずっとそこにいるわけにもいかない。隣の子には申し訳ないけれど、何とか受け入れてもらえたら。
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