だって、そう決めたのは私
第56話 言ってくれないかな
『私に玉子焼きの作り方、教えてくれない?』
急に彼女はそう言った。ありえないことだと思った。あの時、チラチラと携帯を確認していたのは知っている。二人だけの部屋。しかも向かい合って座っていたのだ。見ない振りを決め込んだ僕に、突然降ってきたのがこれ。あんなに頑なに料理をしないカナちゃんから、だ。
『忙しいよね。ごめん、大丈夫。匡に頼もう』
驚いて返事が出来なかった僕に、彼女は慌てて発言を取り消した。確かに忙しいけれど、僕じゃなくてまぁくんを頼るなんて。あぁそれは嫌だ。だから、いいよ、と答えたけれど。理由を問わなかったことは、盛大に褒めて欲しいくらいだ。
それから数日。毎晩一度だけ、挑戦している。彼女の料理下手は想像以上で、卵を上手く割れるようになっただけ、だいぶマシ。まぁくんが呆れるのもよく分かった。でもカナちゃんは、それでも諦めることもなく挑戦し続ける。それは凄いなと思うし、一生懸命さは可愛いとさえ思う。だけれど、ねぇ、それは誰のため?
「あっごめんなさい。お怪我はありませんか」
まぁくんのところへ着く直前だった。こんなことを考えていた僕は、女の人とぶつかる。とても小さな声で「大丈夫です」と言って、その人はすぐに背を向けて行ってしまった。泣きそうな顔をしていたようにに見えたけれど、大丈夫だろうか。ちょっとだけ伸ばした手が、淋しく風に触れる。同じような感情を持っていたから、つい優しくしたくなったけれど。所詮、知らない人だ。寄り添うことも出来ないか。
急に彼女はそう言った。ありえないことだと思った。あの時、チラチラと携帯を確認していたのは知っている。二人だけの部屋。しかも向かい合って座っていたのだ。見ない振りを決め込んだ僕に、突然降ってきたのがこれ。あんなに頑なに料理をしないカナちゃんから、だ。
『忙しいよね。ごめん、大丈夫。匡に頼もう』
驚いて返事が出来なかった僕に、彼女は慌てて発言を取り消した。確かに忙しいけれど、僕じゃなくてまぁくんを頼るなんて。あぁそれは嫌だ。だから、いいよ、と答えたけれど。理由を問わなかったことは、盛大に褒めて欲しいくらいだ。
それから数日。毎晩一度だけ、挑戦している。彼女の料理下手は想像以上で、卵を上手く割れるようになっただけ、だいぶマシ。まぁくんが呆れるのもよく分かった。でもカナちゃんは、それでも諦めることもなく挑戦し続ける。それは凄いなと思うし、一生懸命さは可愛いとさえ思う。だけれど、ねぇ、それは誰のため?
「あっごめんなさい。お怪我はありませんか」
まぁくんのところへ着く直前だった。こんなことを考えていた僕は、女の人とぶつかる。とても小さな声で「大丈夫です」と言って、その人はすぐに背を向けて行ってしまった。泣きそうな顔をしていたようにに見えたけれど、大丈夫だろうか。ちょっとだけ伸ばした手が、淋しく風に触れる。同じような感情を持っていたから、つい優しくしたくなったけれど。所詮、知らない人だ。寄り添うことも出来ないか。