だって、そう決めたのは私
「ねぇ、暁子さんたちどうなった?」
「あぁ……うぅん」
暁子には、匡の後に書いてもらった。彼女の家へ二人で赴き、見せた婚姻届。恐らく、暁子にとっては初めての現物だったはずだ。それを物珍しそうにまじまじと見つめてから、私たちが想像し得なかった言葉を放った。「よし、私も結婚しよう」と。善は急げタイプの暁子は、その場ですぐに五十嵐くんに電話をかける。唖然とする私達の目の前で、渉くん結婚しよう、と言って切った。切りやがったのだ。ズルズルのスウェットのまま、ダウンを羽織った寝癖の五十嵐くんが、すぐに現れたのは致し方ないことだったろうと思う。
「先週、五十嵐くんのご実家に行ったみたい」
「流石……早いね」
「うん。そこで、彼のお母さんと意気投合。今すぐに結婚しなさいって言われたとか何とか」
「えぇっ」
「でしょう。そうよね、その反応が正しい。ただどうも、彼のご両親も年の差夫婦で。姉さん女房らしくて」
「あぁ……ご両親を見てたからなお、暁子さんに惹かれやすかったのかな」
「あ、かもね」
そんな二人も、来月にも結婚する。式なんか挙げないわよ、と暁子は言ったが、五十嵐くんは残念そうに見えた。私たちだって、式は挙げてないけれど写真だけは撮ったよ。そう彼女を説得し、私たちと同じカメラマン――丈くんを紹介した。五十嵐くんには感謝されたし、きっと良かったと思う。今は、嵐のように、新生活の準備をしているのだろう。
「茉莉花ちゃんは?」
「あぁそれは大丈夫。元々春には、あの子は家を出るつもりだったから。安心したって笑ってた。ママをよろしくお願いしますって頭下げたら、五十嵐くんが号泣したらしくて。ちょっと引いてたけどね」
「ふふ、らしいね。でも、幸せそうだ」
あ、幸せだ。ふと、思った。
窓から入る光がキラキラしていて、こんなことにも気がつけるようになれた自分に泣きそうになる。ツヤツヤのきれいな髪じゃなくて、白髪だらけの頭でも。つるりとした肌じゃなくて、目尻にシワばかりあっても。それでも幸せになれるんだな。
カナタの存在があることで、私は今まで生きてこられた。憎んでいるだろうと思っていた息子が、この幸せを望んでくれたことが、今もふとしたときに泣いてしまいそうになるほど嬉しい。カナタを『息子』と言う宏海。それも可笑しいんだけれど、幸せで。ようやく私らしい生活を送れる。そんな気がしている。
あのアトリエが、私たちの終の棲家になるだろう。引っ越しをしたら、あの庭に花でも植えようか。一緒に育てたり、それを眺めながらコーヒーを飲んだり。きっと笑っていられると思う。でも当然、そんな綺麗事だけの毎日じゃないことは分かっている。私たちは、もう若くはない。これから起こることは、未知数だ。それでも、幸せには手を伸ばせる。私は今、それを実感していた。
「あぁ……うぅん」
暁子には、匡の後に書いてもらった。彼女の家へ二人で赴き、見せた婚姻届。恐らく、暁子にとっては初めての現物だったはずだ。それを物珍しそうにまじまじと見つめてから、私たちが想像し得なかった言葉を放った。「よし、私も結婚しよう」と。善は急げタイプの暁子は、その場ですぐに五十嵐くんに電話をかける。唖然とする私達の目の前で、渉くん結婚しよう、と言って切った。切りやがったのだ。ズルズルのスウェットのまま、ダウンを羽織った寝癖の五十嵐くんが、すぐに現れたのは致し方ないことだったろうと思う。
「先週、五十嵐くんのご実家に行ったみたい」
「流石……早いね」
「うん。そこで、彼のお母さんと意気投合。今すぐに結婚しなさいって言われたとか何とか」
「えぇっ」
「でしょう。そうよね、その反応が正しい。ただどうも、彼のご両親も年の差夫婦で。姉さん女房らしくて」
「あぁ……ご両親を見てたからなお、暁子さんに惹かれやすかったのかな」
「あ、かもね」
そんな二人も、来月にも結婚する。式なんか挙げないわよ、と暁子は言ったが、五十嵐くんは残念そうに見えた。私たちだって、式は挙げてないけれど写真だけは撮ったよ。そう彼女を説得し、私たちと同じカメラマン――丈くんを紹介した。五十嵐くんには感謝されたし、きっと良かったと思う。今は、嵐のように、新生活の準備をしているのだろう。
「茉莉花ちゃんは?」
「あぁそれは大丈夫。元々春には、あの子は家を出るつもりだったから。安心したって笑ってた。ママをよろしくお願いしますって頭下げたら、五十嵐くんが号泣したらしくて。ちょっと引いてたけどね」
「ふふ、らしいね。でも、幸せそうだ」
あ、幸せだ。ふと、思った。
窓から入る光がキラキラしていて、こんなことにも気がつけるようになれた自分に泣きそうになる。ツヤツヤのきれいな髪じゃなくて、白髪だらけの頭でも。つるりとした肌じゃなくて、目尻にシワばかりあっても。それでも幸せになれるんだな。
カナタの存在があることで、私は今まで生きてこられた。憎んでいるだろうと思っていた息子が、この幸せを望んでくれたことが、今もふとしたときに泣いてしまいそうになるほど嬉しい。カナタを『息子』と言う宏海。それも可笑しいんだけれど、幸せで。ようやく私らしい生活を送れる。そんな気がしている。
あのアトリエが、私たちの終の棲家になるだろう。引っ越しをしたら、あの庭に花でも植えようか。一緒に育てたり、それを眺めながらコーヒーを飲んだり。きっと笑っていられると思う。でも当然、そんな綺麗事だけの毎日じゃないことは分かっている。私たちは、もう若くはない。これから起こることは、未知数だ。それでも、幸せには手を伸ばせる。私は今、それを実感していた。