だって、そう決めたのは私
「将来は獣医になりたい?」
「……うん」
「そっか」

 彼は黙る。私もこれ以上は何も言わず、ただ風の音に耳を澄ませた。

 さっきまでの話の中で分かったことは、父と息子の二人暮らしということ。できるだけ、父に心配をかけまいと生きている。そんな感じだろうか。

「……ママが、きっと」

 え、と出そうになった音を飲み込んだ。直くんが言おうとしているのを、止めたくないから。でも、良かった。話に挙げられる母は居るのだな。自分の息子に重ねた訳では無いけれど、この少年の心の中に思い描ける母親があって良かった。人知れず、私は安堵していた。

「僕がそんなことを言ったら、きっと無理しちゃう……」
「無理……?」
「うん。ここに来たのはね、僕の我儘なの。小学生の時、おじいちゃんが死んで。この家を売るって話が出て……嫌だなって思って。ここに住みたいって言ったの。ここは、虫とか動物とかたくさんいるでしょう? でも……そのせいで、パパは仕事を辞めた。今はママが一人、東京で働いてる」

 あぁ、そういうことか。彼の憂いに、ようやく合点がいった。

 きっと、自分のせいで家族をバラバラにしてしまったと思っているのだ。それから、一馬力になってしまった母親の心配。井上さんの木工も売れているとは聞いたけれど、会社勤めの方が安定した収入であることは確かだ。それに、ここに来てから木工を始めた父親の苦労を、彼は間近で見てきたはず。だからきっと、色々な心配が拭えないのだろう。
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