だって、そう決めたのは私
「よく知りもしないくせにって、思うだろうけれどね。直くんが思っていることは、素直にぶつけてみてもいいと思う。あの時はごめんなさいって、僕の気持ちを聞いて欲しいって、言っていいと思う。抱きしめるのも、叱るのも、きちんと話をしないと分からないもの。おばちゃんはね、どんな気持ちでも嘘を吐かずに教えて欲しいなって思ってる」
「何でも?」
「そうね。おばちゃんの場合は、長い間一緒に暮らせなかったからかもしれないけれど。息子の心が晴れるなら、何でも話して欲しいし、聞いて欲しい。罵られても仕方ないなって、覚悟くらいしてるの。もし、そんなことになったら……どうだろうな。でも、きっと嬉しいのかも知れない。あぁ自分の本心をぶつけてくれてるんだなって」

 カナタは今も、本心を打ち明けてくれていないと思っている。それは私が、離婚時に本当にあった出来事を話しきれていないからだ。向き合わなくちゃいけないけれど、こちらから垂れ流すわけにもいかない。今は、程よい距離で親子として過ごせているだけで幸せだ。

「へぇ」

 木々に目を逸らしていた私の耳に、低い声が届いた。振り向くまでもない。カナタだ。打ち合わせが終わったのだろう。

「直。正直な気持ちを言えないのは、お前のためにもならないし、父ちゃんや母ちゃんのためにもならないと思うな」
「でも……カナタくんには、分からないよ。大きくなるまで、ちゃんとパパもママもいたでしょう?」
「あぁ……うぅん。あのな、俺、父親しかいなかったんだ。正確には、母親と呼ばなくちゃいけない人はいたけどさ。血の繋がった父親に、俺は素直に気持ちをぶつけられなかった。それで、後悔してることもあるんだ。向こうはどうだか知らないけどさ。だから、同じような気持ちを、直に味わって欲しくないなぁって思うわけよ」

 カナタから紡がれる言葉に、私は息を呑んだ。少年に語りかけるそれに、嘘があるとは思えない。ぶつけられなかった気持ち。父親の顔。それが一つ一つ思い浮かんで、慌てて下を向いた。今、カナタと目を合わせたらいけない。

「マ……お母さん、いなかったの?」
「いなかったよ。父親の再婚相手はいたけどさ。それは彼らの話であって、俺の母親じゃねぇからな。別の話だと思ってる」
「そっか……ねぇ、お母さんに会いたいとは思わなかった?」
「思ったよ。ずっと会いたかった。会って、確認したいこともあったし……自分が母さんの中でちゃんと『息子』としてあるのかを知りたかった」

 少年を挟んで、私に語りかけられているようだった。
 再会してから、色んなことを話したし、二人で出掛けたりもしてきた。それでも、あの頃のカナタの心を全て分かってやれるわけじゃない。勝手に傷付くな。いつでも戒めに思っていること。忘れるな。私は、加害者だ。
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