嫌われ者で悪役令嬢の私ですが、殿下の心の声には愛されているみたいです。

13

 オルフレット様の喜ぶ顔が見たくて、我を忘れてしまっていた。ロレッテは微笑んで、何もなかったかの様に椅子に戻る。

(やってしまいましたわ)ま
 
「……オ、オルフレット様、クッキーもっと召し上がって」
 
「ああ、いただくよ」

〈いつもお淑やかなロレッテの、無邪気な姿はいいな〉

 彼は紅茶を飲み、クッキーをかじる。一連の優雅な、オルフレット様の動作にロレッテは見惚れてしまう。

「おいしい、ボクの好きなバター風味のクッキーだ」

「ほんとですか? オルフレット様のお口にあって良かったですわ」

 ロレッテにとって嬉しい言葉だ。

〈……か〉
(か?)

〈可愛い、可愛い、可愛い……天使の微笑み。いや、女神か? ロレッテの笑顔はいつ見ても可愛い! クゥ、その笑みは出会った頃と変わらない――ボクの好きな笑顔だ。昔から、その笑みに癒されてきた〉

(私が天使、女神だなんて言い過ぎです。でも、私の笑みがオルフレット様を癒している。嬉しくて、顔が緩んでしまいますわ)

 側から見れば優雅なお茶の時間だが、オルフレット様の声は幸せに満ちていて――時折荒ぶりも見せた。

〈可愛い、凄く綺麗だ……クッキーを食べる姿もいい〉

(オルフレット様。褒め過ぎで、見過ぎですわ)

 

 ❀

 

 メイドに紅茶のおかわりを貰い、オルフレット様と昔話に花が咲いた。だけど楽しい時間はすぐに過ぎてしまい、気付けば日がかげり、夕方の時を迎えていた。
 
「日が落ちて少し風が出て来たな、寒くはないか?」

「はい、平気ですわ。オルフレット様、庭をすこし散歩致しませんか? その後に書庫へ行きません?」

「庭を散歩して、書庫か良いな」

 オルフレット様が出した手に手を重ねて、様々なバラが咲く庭園の中を手を繋ぎ歩く。先程まで、荒ぶっていたオルフレット様の声は静かだ。

(どうしたのかしら? オルフレット様……先程からお静かだわ、散歩はお嫌いだったのかしら?)

〈いま、ロレッテといい雰囲気だ……触れてもいいだろうか……〉
 
(え? オ、オルフレット様⁉︎)

 繋いだ手に力が入り、オルフレット様の胸に引き寄せられた。

 

〈ロレッテ……〉

 温かなオルフレット様の腕の中……強引に引き寄せられて、ロレッテの鼓動をトクトク早めた。それは抱きしめたオルフレット様の方でもあった。

 風が吹きバラの香りが立つ庭、重なる2人の影。

〈し、し、しまった……焦りすぎて強引だった。だが、甘いロレッテの香りに離れがたい〉

(私の甘い香り? ……石鹸の香りかしら? オルフレット様からは爽やかなミントの香りがします)

「……すまない」
「もう、謝らないでください」

 腕の中で見上げると、オルフレット様の切れ長な瞳とかち合う。その瞳が細まり近付く……あ、キスされると、ロレッテも瞳をつぶった。

 もう少しで、唇と唇が触れ合いそうな距離まできて……

「クッ」

 オルフレット様が苦しげな声を漏らして。

〈マズイ――気持ちの昂りが抑えきれない、このままでは……前のようにロレッテを傷付けてしまう〉

 周りが冷え体を指すような寒さが襲い、オルフレット様の眉に皺がよる。

「ごめん、ロレッテ嬢ボクから離れてほしい!」

 ロレッテの名前をオルフレット様が叫んだと同時に、彼に向けて、真っ白な毛玉が飛びついた。
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