お針子は王子の夢を見る
「お仕事ですから、作りますけど……」
 困惑して、ルシーは答える。
「そうじゃなくて」
 エルヴェは言葉を切り、じっとルシーを見た。
 ルシーの鼓動がどきどきと大きくなる。

「俺と結婚してほしい」
 真剣な目で、彼は言った。
「この服を着るあなたが幸せでありますように。その縫い取りを見た瞬間、君に恋をした」

「……会ったこともございませんでしたのに」
「だが、君が縫った服はいつも愛にあふれていた。優しくて、着る者を幸せにする服だ」
「過分なお言葉でございます」

「俺はもう、君以外に考えられない」
 エルヴェはルシーを抱きしめた。
 たくましい胸に、ルシーはさらに鼓動が早くなった。
 その直後。

「だめ!」
 シェルレーヌが叫んだ。
「だめ! だめよ!」
 錯乱したように、叫び続ける。
 ルシーは慌ててエルヴェから離れた。

「大丈夫よ、どこへも行かないから」
 ルシーはシェルレーヌをなだめた。
「だから落ち着いて」
 優しく背をなでる。母は、言葉にならない思いを嗚咽にしてこぼした。
「私、結婚はできません」
 ルシーはきっぱりと言った。
 母をこの世に縫い付けたのは自分だ。だからこそ、置いていくことなどできない。
< 20 / 22 >

この作品をシェア

pagetop