お針子は王子の夢を見る
「母君のことはわかっている。調査済だ」
 ルシーはエルヴェを見た。彼は太陽のように微笑した。

「母君も一緒に来るといい。それなら離れずにすむ」
「そんなこと……」
「医者も手配しよう。母君には治療が必要だ。それ以外にも必要なものはすべて用意する」
「そんな、恐れ多い……」

「ああもう、じれったい子だね!」
 ばん! とドアが開かれた。
「さっきから見てれば、うじうじと! 男がこれだけ言ってるんだ、女ならどーんと飛び込みな!」
「おかみさん」
 唖然としていると、同僚の女性が次々と顔を出した。

「さっさと嫁に行きなさいよ」
「良縁はつかめるうちにつかむものよ」
「私達が縫ったドレスのおかげなんだから」
「少しでも恩があると思うなら片付きなさい」
 彼女らの言葉に、エルヴェはくすっと笑った。

「シェルレーヌ。あんたもわかっているだろう。いつまでも娘を縛りつけておくなんてできないんだよ」
 マノンはシェルレーヌに言う。
「ルシーはあんたを置いていくんじゃない。幸せになるために巣立つんだ。親が笑顔で見送らなくてどうするんだい」
 シェルレーヌは泣き顔をさらにゆがめた。

「あんたは独りじゃない。離れても心は近くにある。それに、私という友達がいるじゃないか」
 シェルレーヌはこらえきれないようにわーっと泣いた。

「お母さん」
 呼びかけると、シェルレーヌは弱々しくルシーを抱きしめた。
「ルシー……幸せ、に……」
 小さな小さな声が、その口からもれた。
「お母さん」
 ルシーはぎゅっと母を抱きしめ返した。

「私、幸せよ」
 つぶやいた言葉は涙にぬれて、震えていた。
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