【シナリオ】カラダ(見た目)から始まる恋はアリですか!?
第四話 恋の必要条件
〇マンションの外観(朝)
マンション建物の角と青い空、電線が見える。
電線には雀が2羽止まっており、チュンチュンと鳴いている。
サクラ・モノローグ『『恋はするものではなく落ちるものだ』と誰かが言っていた』
サクラ・モノローグ『だから私は、落ちないように平静を保っていた──』
サクラ・モノローグ『──つもりだった』
〇サクラの部屋(朝)
窓から朝日がサクラの部屋に差し込んでいる。
ベッドの上で丸まるサクラは、その光を感じて片目を開く。なお、そのサクラの左隣では布団が盛り上がっでいる。
サクラ「ふぁ……」
サクラ(やば、スーツのまま寝ちゃったよ)
サクラ「いてて……」
起き上がろうとして頭痛がしたサクラは、頭を押さえながら頭の向きを変える。寝っ転がったまま、部屋の中に視線を移す。
ローテーブルの上にはビールの空き缶が何本も乗り、いくつかは倒れている。さらに、焼き菓子の箱と袋も乱雑に放置されている。
ため息をこぼしながら起き上がり、違和感を感じて自分の左下を向く。
サクラ「ん?」
モトキがすやすやと寝ている。
サクラは驚き小さく飛び上がる。
サクラ「ひぇっ!」
ベッドのスプリングが軋む。
モトキがその反動で目を開く。
モトキ「ん……?」
眠そうにあくびをこぼし、目をこすりながらモトキは起き上がる。白いジャージのままである。
サクラは驚かないモトキに動揺を隠せずあわあわしながら詰め寄る。
サクラ「何で居るの!? 何で寝てるの!?」
サクラ「え、何で同じベッドに入ってんの!?」
モトキは顔を近付けるサクラにキョトンとしつつ、普通に答えようと口を開く。
モトキ「いや、何でって──」
サクラはモトキの前に手の平をかざし、言葉を制す。モトキは目をパチクリさせ、言葉を飲み込む。
サクラ「待って言わないで! 今記憶を巻き戻す!」
〇サクラの部屋の玄関(夜) ※回想
サクラがモトキに抱きしめられたまま大泣きをしている。サクラはしがみつくように、モトキのジャージを握っている。モトキの手には紙袋が握られているが、その手でサクラの背にしっかりと手を回している。
サクラ・モノローグ『昨日は盛大に泣いてしまった後──』
モトキが不意に顔を赤らめる。
サクラのお腹の辺りに「むくっ」と、固いものが触れる感覚がする。
はっとして顔を上げるサクラ。
見上げたモトキは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、何かを堪えるように下唇を噛んでいた。
サクラ・モノローグ『何かが私のお腹に当たったような感覚がして──』
サクラは驚き、慌ててスルスルと玄関から部屋に入るドアまで後ずさる。
その顔は、泣き腫らしたこともあり赤らんでいる。
サクラは玄関に立ったままのモトキに、充分に距離を取ってドアに張り付いたまま尋ねる。なお、その体はガニ股に開き両手は埴輪のように上げた、壁に張り付くようなポーズをしている。
サクラ「そーいえば君、何しに来たの?」
モトキは困った顔をして、ため息を零す。
モトキ「そんな急に取って食ったりしません」
モトキ「俺、本気で円居さんのこと好きだし」
サクラは頬を紅潮させ、ドギマギするように視線を泳がせる。なお、サクラは壁に張り付くようなポーズのままである。
サクラ「あ、あのねぇ! 性欲のことは恋って言わないからね」
モトキはムッと眉間にシワを寄せる。
モトキ「だから襲ったりしねーって言ってんだろ!」
モトキ「俺、これ届けに来ただけだから」
モトキが手に持っていた紙袋を玄関から上がらずにサクラに差し出す。
モトキ「ん」
サクラは恐る恐るモトキに近付き、紙袋を受け取る。
その袋の中を覗き、ぱっと顔を明るくする。
サクラ「これ──」
サクラは紙袋から箱を取り出し、満面の笑みで両手で掲げる。
サクラ「クレール・アマノの限定焼き菓子セット!」
サクラは恍惚な表情で箱を掲げ、眺めている。
サクラの周りにはお花が浮かんでいる。
モトキはふっと口元を綻ばせる。
モトキ「ばーちゃんが円居さんにって」
サクラが我に返り、箱を掲げたまま顔だけモトキの方を振り向く。
サクラ「おばあちゃんが?」
モトキ「銭湯で腰打ったって話したら、申し訳無いことしたって」
サクラ「あー……そんなの全然いいのに」
サクラは両手を下げる。
サクラ「大丈夫ですって伝えておいて?」
サクラ「あ、おばあちゃん元気? 怪我の具合どう?」
モトキは微笑む。
モトキ「ばーちゃん、もうピンピンしてる」
モトキ「番台にももう立ってるから、また銭湯行ってやって」
サクラの顔も綻ぶ。
サクラ「うん! 良かった~」
モトキ「円居さんはどーなんだよ? 腰の具合」
サクラは手に持っているお菓子を見ている。その目はキラキラしている。
サクラ「すっかりいいよ。やっぱりお医者さんは凄いね!」
サクラは言い終わりながらモトキの方を向く。
モトキは白い歯を見せ、にかっと笑っていた。
モトキ「そっか、そりゃ良かった!」
ドキッとサクラの胸が高鳴る。
サクラは目をぱちくりさせ、頬を赤く染める。
サクラ(あれ、今、私──)
固まってしまったサクラ。
モトキは微笑むと軽く片手を上げる。
モトキ「じゃあ帰りますね。お大事に」
モトキは身を翻す。
サクラ「うん……」
サクラは固まったまま返事をした。
モトキがドアノブに手をかける。
サクラは反射的にモトキに手を伸ばした。
サクラ「待って!」
サクラの手がモトキの白ジャージの裾をキュッと掴む。
モトキ「え?」
モトキは顔だけ振り返り、掴まれた裾を驚いた顔で見下ろしている。
サクラははっとする。掴んだ時に下げた顔を上げられず、口をモゴモゴさせている。
サクラ(何で引き止めてるの私!)
モトキ「どうしたんすか?」
顔を上げたサクラ。その顔は真っ赤になっている。
サクラ「あー……あのね!」
サクラを見下ろすモトキ。無表情だが、その頬がほのりと紅潮している。
サクラ「あのね、この焼き菓子さ、本当に美味しいんだ!」
モトキ「は、はぁ」
サクラはぱっとモトキから離れる。互いに焦りながらも会話をする二人。頭からは汗が飛んでいる。
サクラ「よかったら……一緒に食べない?」
モトキ「え、いいんすか?」
サクラがこくこくと頷く。
〇サクラの部屋(夜) ※回想続き
サクラの部屋の中、ローテーブルの前にサクラとモトキがL字になるように座っている。二人とも正座をしている。ローテーブルには、焼き菓子の箱が乗っており、二人は膝に手を乗せたまま、それをじっと見ている。
サクラの顔がアップになる。頬がほんのり赤いまま、冷や汗を流している。胸はドキドキと鳴っている。
サクラ・モノローグ『で、余りの緊張に──』
サクラが焼き菓子に手を伸ばす。お菓子の外袋を破るが、そこでわざと思い出したようにカクカクとしながら人差し指を上げる。
サクラ「あー、あのね! このお菓子にはね、ビールが合うの!」
立ち上がり、モトキを置いてキッチンへ消えるサクラ。すぐに戻ってくると、手に大量の缶ビールを抱えていた。
元の位置に座り、ビール缶のプルタブを開けるサクラ。そのまま「ぷはーっ」と呷る。反対の手には、焼き菓子を持っている。
モトキは膝に手を置いたまま、サクラを見てあ然としている。その口はぽかんと開いている。
サクラ・モノローグ『ってなぜか焼き菓子つまみに、冷蔵庫のビールを呷って──』
〇サクラの部屋(夜) ※回想続き・時間経過
もう一度プルタブを開けるサクラ。その頬はほんのり赤くなっている。
サクラ・モノローグ『呷って──』
〇サクラの部屋(夜) ※回想続き・時間経過
サクラがビールを「ごくごく」と呷っている。その頬は真っ赤に染まっている。立てた膝に肘をつき、頬杖をついている。
サクラ・モノローグ『呷って呷って呷って──』
〇サクラの部屋(夜) ※回想続き・時間経過
上を向き、勢いよくビールを呷るサクラ。サクラの顔は完全に真っ赤になり、目元もトロンとしている。
カクンとサクラの頭が垂れ、モトキは慌ててサクラの両肩支える。
モトキ「大丈夫っすか? 円居さん──」
サクラ「えへへ~、ぜ~んぜんらいじょ~ぶぅ~」
トロンとした顔のサクラ。そばにあったビール缶をモトキに差し出す。
サクラ「君も飲みなよ~」
〇サクラの部屋(朝) ※回想終了
サクラがベッドの上で上半身を起こしたまま頭を抱える。
サクラ(──から後の記憶がないっ!)
サクラ、白目になりガーンと縦線が頭の上に出る。
項垂れるサクラの隣、モトキはサクラを見てキョトンとしている。
サクラ、涙目でモトキの方を振り向く。
サクラ「ねぇ、私相当酔ってたよね?」
サクラ「何かやらかした? 変なこと言った?」
モトキ、驚き汗が飛び出る。
モトキ「あ、あの、落ち着いて──」
サクラ「ヤバいこと口走ってない?」
サクラ「傷付けてない? 大丈夫!?!?!」
サクラはモトキに顔を近づけ過ぎてしまう。
モトキは驚き、のけぞる。すぐに立ち上がり、ベッドから退く。サクラに背を向けながら、ジャージのシワをパンパンと伸ばした。
モトキ「大丈夫です、別に傷付いてないし」
モトキ、顔だけ振り返る。整った微笑みを浮かべている。
モトキ「円居さんに対する気持ちは変わってないですから」
サクラはベッドに座ったまま、ぽーっとしている。
モトキ「あ、強いて言うなら──」
サクラ、慌てて両手のひらをモトキの前に突き出す。
サクラ「あー、やっぱり何も言わないで!」
モトキ「え?」
キョトンとするモトキ。
サクラは顔を上げる。その目元が潤んでいる。
サクラ「ごめん! ほんっとうごめん何度でも謝る~っ!」
顔の前で両手を合わせ、頭を下げるサクラ。
モトキはキョトンとするも、すぐに口元が上がる。
モトキ「ふっ……」
モトキの顔が耐えられないと言うように破顔する。
モトキ「ははっ! まだ何も言ってねーのに」
頭を上げたサクラ。キョトンとするも、すぐに頬を染める。
モトキは笑いを収め、笑みを浮かべる。
モトキ「本当、円居さん面白いし――」
モトキ、サクラの方を向く。微笑んだその頬を、少しだけ染めている。
モトキ「──可愛い」
サクラ、顔が赤くなりぽげーっとする。
ほわほわと、シャボン玉のようなものが周りに飛んでいる。
サクラ(はぇ……)
モトキが微笑み、サクラの頭をふわりと撫でる。
桜は気持ちよさそうに目を閉じ、手が離れていくと目を開く。視線でモトキを追う。
モトキ「じゃあ俺、帰りますね」
モトキ「ビールごちそうさまでした」
踵を返すモトキ。サクラはぽーっと眺めている。
サクラ「あ、うん──」
サクラ、はっと我に返る。
サクラ「ちょっと待って! ビール飲んだの!?」
モトキが振り向く。サクラは目を見開いて頭から汗を飛ばしている。
モトキの顔がひきつる。
モトキ「飲みましたけど──」
サクラ、頭を抱える。
サクラ「あー私やらかしてんじゃん、20歳未満にお酒飲ましてしまっ──」
モトキ、サクラの元に戻り、彼女の目の前に立つ。
サクラが頭を上げる。ムッとした顔のモトキと目が合う。
モトキ「あの――」
モトキの頭の上に怒りマークが浮かぶ。
モトキ「俺、20歳っす! いい加減覚えてくださいっ!」
サクラ「ごめんってー」
〇モトキの部屋(昼)
扉がガチャリと開き、モトキが入ってくる。モトキの部屋は綺麗に片付いているが、ローテーブルに封の閉じた封筒が一通乗っている。モトキはそのままベッドに歩み寄り、仰向けに寝転がる。
モトキは頭の下で腕を組み、微笑みながら天井を見上げている。
モトキ(『可愛い』って言ったときの円居さん──)
〇キラキラな背景 ※想像
頬を染めたサクラがぽーっとした顔でこちらを見ている。彼女の周りには、薔薇の花が咲いている。
〇モトキの部屋(昼) ※想像終了
モトキ、寝転がったまま頬を赤くしニヤける。
モトキ「すっげぇ可愛かった──」
モトキの下半身が「ムクっ」と反応する。モトキは顔を真赤にして起き上がる。
モトキ「やべ、また勃ってきた……」
モトキ・モノローグ『頬を赤く染めた円居さんに反応したムスコを誤魔化すように──』
モトキ・モノローグ『慌てて彼女の部屋を出た』
モトキはため息を零す。
モトキ「まぁ、いいか。今は俺一人だし……」
モトキ、片腕を目元を覆うように起き、再びベッドに倒れ込む。
モトキ・モノローグ『仕方ない』
モトキ・モノローグ『円居さんに触れるときはいつだって──』
〇銭湯・女湯の中 ※回想
タオルを身体に巻き付けたサクラを、白ジャージ姿のモトキがお姫様抱っこしている。
モトキの顔は無表情であるが、額に汗が垂れている。
モトキ・モノローグ『あの時も──』
モトキの身体がびくっと動く。頭から汗が飛んでいる。
〇住宅街の道(夜) ※回想続き
静かな住宅街を、モトキがサクラをおぶって歩いている。
サクラはうとうとしている。モトキの頬は、赤らんでいる。その額には汗が垂れている。
モトキ・モノローグ『あの時も──』
モトキの身体がびくっと動く。頭から汗が飛んでいる。
〇ホテルの客室・ベッドルーム(昼) ※回想続き
腰を痛めたサクラを、モトキが背中にのせおぶろうとしている。
モトキ・モノローグ『彼女に触れるといつだって──』
モトキの身体がびくっと動く。頭から汗が飛んでいる。
〇サクラの部屋の玄関(夜) ※回想続き
サクラがモトキに抱き着いて泣いている。
モトキはサクラの背中に腕を伸ばしている。その顔は、無表情だが赤らんでいる。
モトキ・モノローグ『――身体が反応してしまう』
モトキの身体がびくっと動く。頭から汗が飛んでいる。
〇モトキの部屋(昼) ※回想終了
ベッドの上に寝転ぶモトキ。頭の下で両手を組み、天井をぼうっと見上げている。
モトキ「それだけで十分好きって言えると思うんだけどな」
モトキ、ため息をこぼす。
モトキ・モノローグ『彼女は俺が〝性欲〟と〝恋愛〟を履き違えているだけだと言う』
こまった顔をするモトキ。
モトキ(無理もねーか)
モトキ(元カレの話、サイテーだったもんな)
モトキが顔を横に向ける。ローテーブルの上にある封筒が目に入る。
モトキ(そろそろアレもあるし──)
天井に向き直るモトキ。
モトキ(とにかく年下脱却、恋愛射程圏内に――ってとこか)
モトキ「どーすっかなー……」
モトキは大きくため息をこぼす。
〇ホテルの事務室・客室部(昼)
サクラがパソコンに向かい、キーボードを叩いている。
サクラ「あ、間違えた」
サクラ「あれ、これはこっちに……ん?」
サクラの頭から汗が飛んでいる。
部屋の隅で、サクラの様子を部長とコノミが見ている。
部長とコノミが隅に向き直る。遠くに仕事をするサクラが見える。
部長「あれは、一体何があったんだ?」
部長が困った顔をする。コノミは頭に?が浮かんでいる。
コノミ「進展したんですかね?」
部長の顔がキラキラになる。目を輝かせている。
部長「お、マジか! ちょっと探り入れてこいっ!」
コノミは嫌そうな顔をする。
コノミ「えー、またですか?」
部長が困った顔をする。
部長「だってオジサンが聞くのも変だろう?」
コノミはため息をこぼす。
コノミ「もー」
コノミ「部長の高級焼肉は無しですからね!」
コノミはくるりと踵を返し、サクラの元へ。
コノミ「円居さーん、ランチ行きましょー♪」
去って行くコノミを目で追いかけながら、部長は頭に?を浮かべる。
部長(焼肉……?)
〇ホテルの社員食堂(昼)
サクラとコノミが一緒にランチを食べている。サクラは背を丸め、ため息を何度もこぼしている。
コノミはサクラを見て、ニヤニヤとしながら箸を口に運んでいる。
コノミ「で、何があったんですか?」
サクラ「へ?」
サクラが顔を上げ、キョトンとする。
コノミ「またまたすっとぼけちゃって~」
コノミ「私の高級焼肉の為にも頑張ってくださいよ~、円居さん」
サクラ「あー……、うん──」
サクラ「はぁ……」
サクラは食が進んでいない。お冷を一口飲む。
コノミはそれを見て、キョトンとした後、顔を輝かせる。
コノミ(これは――)
コノミ「恋の病ですね!」
サクラ「えっ!?」
サクラの声の大きさに、食堂中の視線がサクラに集まる。
調理場内のおばちゃんの視線さえサクラの方へ一度向く。
サクラは頭から汗を飛ばしながら、周りをちらりと見て声を潜める。
サクラ「違──」
サクラ「──くないかもしれない……」
ため息を零すサクラ。
キョトンとしていたコノミは頬を弛める。
コノミ「やっぱり~」
楽しそうなコノミの頭の上には、見えない花が舞っている。
サクラは口を付けていたお冷のグラスをテーブルにとん、と置く。
サクラ(仕方ない。相談できる人も他にいないし、ここは1つ──)
サクラ「今日飲みに行かない? 奢る」
コノミ「やったー! 高級焼肉」
サクラはため息をこぼす。コノミの顔はキラキラしている。
サクラ「焼肉は食べません」
コノミ「いえいえ、未来の話ですよ」
〇大衆居酒屋(夜)
テーブルに向かい合い、サクラとコノミが座っている。
二人の前には食べかけのおつまみや、飲みかけのビールのジョッキが並んでいる。
突然、コノミがジョッキをテーブルに「ドンッ」と勢いよく置く。驚いた顔をしている。
コノミ「『一緒に寝ちゃった』ーーー!?」
コノミはすぐに笑顔になる。
コノミ「よかったですね円居さん! トラウマ克服できたじゃないですか!」
コノミ「しかもお相手は御曹司……」
コノミの上に、♡が浮かぶ。
コノミ「さぞかし素敵な夜を――」
サクラ「違うっ! そういうことじゃないっ!」
コノミ、キョトンとする。頭の上に?が浮かんでいる。
サクラ「同じお布団に入ってただけだから! 服も着てたし!」
コノミ「早とちりスミマセン──」
コノミ「っていうか紳士じゃないですか。同じお布団に入っても襲わないなんて」
サクラ「そうなのかな?」
コノミ「そうですよ!」
コノミはテーブルを「バンっ」と叩く。
コノミ「御曹司くんは円居さんが好きだって明言してる訳だし」
コノミ「しかも若いしその上ホテルの支配人っていう進路も決まってる──」
コノミ「めゃくちゃ優良物件! 付き合わない意味が分からないです!」
コノミの力説に圧倒されていたが、サクラは目をふせため息を零す。
サクラ「他人事だと思って――」
コノミ「思ってないですよ! 私そんなアプローチされたら即刻付き合っちゃいますもん!」
サクラが顔を上げる。
サクラ「そういうもん?」
コノミ「はい!」
コノミ「だって御曹司で性格も優しいし、しかも紳士で余裕がある!」
サクラが困った顔をする。
サクラ「なんか色々違うな……」
コノミ「年齢ですか? そんなの関係ないですよ!」
コノミ「50年経ったら同じくらいになりますしっ!」
サクラ「いや、それは聞いてない」
サクラの頭から汗が飛ぶ。
コノミ「じゃあ何が問題なんですかぁ!?」
サクラ「……傷付きたくない」
サクラが目を伏せる。コノミはため息をこぼす。
コノミ「やっぱりそこかー」
コノミ「でもそれも大丈夫ですよ。彼なら円居さんの身体のことも知ってるわけだし」
コノミ「それが気にならないって証明してくれてるわけだし」
サクラは顔を伏せたまま、不安そうな顔をする。
サクラ「……」
コノミ「一歩踏み出す勇気も大事ですよ!」
コノミが片手をグーにして、力こぶを作るポーズをする。
サクラがコノミを見て、キョトンとする。
サクラ「踏み出す、勇気……」
〇住宅街の道(夜)
サクラが一人で歩いている。その顔は、迷うように揺れている。
サクラ「踏み出す勇気、ね……」
サクラ「よしっ!」
サクラは足を止め、決意を決めたように前を向く。止まった場所はスポットライトのように、街灯がサクラを照らしている。
サクラは早足で、去って行く。
〇マンションの廊下(夜)
サクラが階段を登りきると、サクラの部屋の扉の前にスーツ姿のモトキがいた。扉に寄りかかり、足元を見ている。
サクラ「……あれ?」
サクラが近づくと、モトキは顔を上げほころばせる。
モトキ「良かった、円居さん帰ってきた」
サクラ「私の帰り待ってたの? ここで?」
サクラ「家の中で待ってればいいのに──」
モトキが無表情になる。
モトキ「それじゃ格好つかないじゃないですか」
サクラ「格好つけたかったんだ。用件は何?」
ため息を零し、流し目をするサクラ。
モトキはサクラの方を身体ごと向く。それから、咳ばらいをする。
モトキ「……」
何も言わないモトキを見るサクラ。モトキも、サクラを見つめている。
モトキは急に腰から頭を下げた。
モトキ「今まで『好きだ』とか言って、ご迷惑をおかけしてすみませんでした!」
サクラ「え? 私別に迷惑とか──(言ったような気もする……)」
モトキが頭を上げる。真剣な目をしている。
モトキ「円居さんへの気持ちは変わりませんが、ご迷惑を鑑みて今はこの気持ちは胸の奥に仕舞うことにしました」
モトキ「今までありがとうございました!」
モトキの顔が綻ぶ。
モトキ「じゃあ」
モトキは言いながら、自分の部屋のドアを開け入っていく。
サクラ「あ……」
サクラはモトキの背中に手を伸ばす。しかし間に合わず、サクラの前でバタンと扉が閉まってしまう。
サクラ、驚きつつ青ざめる。
サクラ「嘘でしょ……」
マンション建物の角と青い空、電線が見える。
電線には雀が2羽止まっており、チュンチュンと鳴いている。
サクラ・モノローグ『『恋はするものではなく落ちるものだ』と誰かが言っていた』
サクラ・モノローグ『だから私は、落ちないように平静を保っていた──』
サクラ・モノローグ『──つもりだった』
〇サクラの部屋(朝)
窓から朝日がサクラの部屋に差し込んでいる。
ベッドの上で丸まるサクラは、その光を感じて片目を開く。なお、そのサクラの左隣では布団が盛り上がっでいる。
サクラ「ふぁ……」
サクラ(やば、スーツのまま寝ちゃったよ)
サクラ「いてて……」
起き上がろうとして頭痛がしたサクラは、頭を押さえながら頭の向きを変える。寝っ転がったまま、部屋の中に視線を移す。
ローテーブルの上にはビールの空き缶が何本も乗り、いくつかは倒れている。さらに、焼き菓子の箱と袋も乱雑に放置されている。
ため息をこぼしながら起き上がり、違和感を感じて自分の左下を向く。
サクラ「ん?」
モトキがすやすやと寝ている。
サクラは驚き小さく飛び上がる。
サクラ「ひぇっ!」
ベッドのスプリングが軋む。
モトキがその反動で目を開く。
モトキ「ん……?」
眠そうにあくびをこぼし、目をこすりながらモトキは起き上がる。白いジャージのままである。
サクラは驚かないモトキに動揺を隠せずあわあわしながら詰め寄る。
サクラ「何で居るの!? 何で寝てるの!?」
サクラ「え、何で同じベッドに入ってんの!?」
モトキは顔を近付けるサクラにキョトンとしつつ、普通に答えようと口を開く。
モトキ「いや、何でって──」
サクラはモトキの前に手の平をかざし、言葉を制す。モトキは目をパチクリさせ、言葉を飲み込む。
サクラ「待って言わないで! 今記憶を巻き戻す!」
〇サクラの部屋の玄関(夜) ※回想
サクラがモトキに抱きしめられたまま大泣きをしている。サクラはしがみつくように、モトキのジャージを握っている。モトキの手には紙袋が握られているが、その手でサクラの背にしっかりと手を回している。
サクラ・モノローグ『昨日は盛大に泣いてしまった後──』
モトキが不意に顔を赤らめる。
サクラのお腹の辺りに「むくっ」と、固いものが触れる感覚がする。
はっとして顔を上げるサクラ。
見上げたモトキは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、何かを堪えるように下唇を噛んでいた。
サクラ・モノローグ『何かが私のお腹に当たったような感覚がして──』
サクラは驚き、慌ててスルスルと玄関から部屋に入るドアまで後ずさる。
その顔は、泣き腫らしたこともあり赤らんでいる。
サクラは玄関に立ったままのモトキに、充分に距離を取ってドアに張り付いたまま尋ねる。なお、その体はガニ股に開き両手は埴輪のように上げた、壁に張り付くようなポーズをしている。
サクラ「そーいえば君、何しに来たの?」
モトキは困った顔をして、ため息を零す。
モトキ「そんな急に取って食ったりしません」
モトキ「俺、本気で円居さんのこと好きだし」
サクラは頬を紅潮させ、ドギマギするように視線を泳がせる。なお、サクラは壁に張り付くようなポーズのままである。
サクラ「あ、あのねぇ! 性欲のことは恋って言わないからね」
モトキはムッと眉間にシワを寄せる。
モトキ「だから襲ったりしねーって言ってんだろ!」
モトキ「俺、これ届けに来ただけだから」
モトキが手に持っていた紙袋を玄関から上がらずにサクラに差し出す。
モトキ「ん」
サクラは恐る恐るモトキに近付き、紙袋を受け取る。
その袋の中を覗き、ぱっと顔を明るくする。
サクラ「これ──」
サクラは紙袋から箱を取り出し、満面の笑みで両手で掲げる。
サクラ「クレール・アマノの限定焼き菓子セット!」
サクラは恍惚な表情で箱を掲げ、眺めている。
サクラの周りにはお花が浮かんでいる。
モトキはふっと口元を綻ばせる。
モトキ「ばーちゃんが円居さんにって」
サクラが我に返り、箱を掲げたまま顔だけモトキの方を振り向く。
サクラ「おばあちゃんが?」
モトキ「銭湯で腰打ったって話したら、申し訳無いことしたって」
サクラ「あー……そんなの全然いいのに」
サクラは両手を下げる。
サクラ「大丈夫ですって伝えておいて?」
サクラ「あ、おばあちゃん元気? 怪我の具合どう?」
モトキは微笑む。
モトキ「ばーちゃん、もうピンピンしてる」
モトキ「番台にももう立ってるから、また銭湯行ってやって」
サクラの顔も綻ぶ。
サクラ「うん! 良かった~」
モトキ「円居さんはどーなんだよ? 腰の具合」
サクラは手に持っているお菓子を見ている。その目はキラキラしている。
サクラ「すっかりいいよ。やっぱりお医者さんは凄いね!」
サクラは言い終わりながらモトキの方を向く。
モトキは白い歯を見せ、にかっと笑っていた。
モトキ「そっか、そりゃ良かった!」
ドキッとサクラの胸が高鳴る。
サクラは目をぱちくりさせ、頬を赤く染める。
サクラ(あれ、今、私──)
固まってしまったサクラ。
モトキは微笑むと軽く片手を上げる。
モトキ「じゃあ帰りますね。お大事に」
モトキは身を翻す。
サクラ「うん……」
サクラは固まったまま返事をした。
モトキがドアノブに手をかける。
サクラは反射的にモトキに手を伸ばした。
サクラ「待って!」
サクラの手がモトキの白ジャージの裾をキュッと掴む。
モトキ「え?」
モトキは顔だけ振り返り、掴まれた裾を驚いた顔で見下ろしている。
サクラははっとする。掴んだ時に下げた顔を上げられず、口をモゴモゴさせている。
サクラ(何で引き止めてるの私!)
モトキ「どうしたんすか?」
顔を上げたサクラ。その顔は真っ赤になっている。
サクラ「あー……あのね!」
サクラを見下ろすモトキ。無表情だが、その頬がほのりと紅潮している。
サクラ「あのね、この焼き菓子さ、本当に美味しいんだ!」
モトキ「は、はぁ」
サクラはぱっとモトキから離れる。互いに焦りながらも会話をする二人。頭からは汗が飛んでいる。
サクラ「よかったら……一緒に食べない?」
モトキ「え、いいんすか?」
サクラがこくこくと頷く。
〇サクラの部屋(夜) ※回想続き
サクラの部屋の中、ローテーブルの前にサクラとモトキがL字になるように座っている。二人とも正座をしている。ローテーブルには、焼き菓子の箱が乗っており、二人は膝に手を乗せたまま、それをじっと見ている。
サクラの顔がアップになる。頬がほんのり赤いまま、冷や汗を流している。胸はドキドキと鳴っている。
サクラ・モノローグ『で、余りの緊張に──』
サクラが焼き菓子に手を伸ばす。お菓子の外袋を破るが、そこでわざと思い出したようにカクカクとしながら人差し指を上げる。
サクラ「あー、あのね! このお菓子にはね、ビールが合うの!」
立ち上がり、モトキを置いてキッチンへ消えるサクラ。すぐに戻ってくると、手に大量の缶ビールを抱えていた。
元の位置に座り、ビール缶のプルタブを開けるサクラ。そのまま「ぷはーっ」と呷る。反対の手には、焼き菓子を持っている。
モトキは膝に手を置いたまま、サクラを見てあ然としている。その口はぽかんと開いている。
サクラ・モノローグ『ってなぜか焼き菓子つまみに、冷蔵庫のビールを呷って──』
〇サクラの部屋(夜) ※回想続き・時間経過
もう一度プルタブを開けるサクラ。その頬はほんのり赤くなっている。
サクラ・モノローグ『呷って──』
〇サクラの部屋(夜) ※回想続き・時間経過
サクラがビールを「ごくごく」と呷っている。その頬は真っ赤に染まっている。立てた膝に肘をつき、頬杖をついている。
サクラ・モノローグ『呷って呷って呷って──』
〇サクラの部屋(夜) ※回想続き・時間経過
上を向き、勢いよくビールを呷るサクラ。サクラの顔は完全に真っ赤になり、目元もトロンとしている。
カクンとサクラの頭が垂れ、モトキは慌ててサクラの両肩支える。
モトキ「大丈夫っすか? 円居さん──」
サクラ「えへへ~、ぜ~んぜんらいじょ~ぶぅ~」
トロンとした顔のサクラ。そばにあったビール缶をモトキに差し出す。
サクラ「君も飲みなよ~」
〇サクラの部屋(朝) ※回想終了
サクラがベッドの上で上半身を起こしたまま頭を抱える。
サクラ(──から後の記憶がないっ!)
サクラ、白目になりガーンと縦線が頭の上に出る。
項垂れるサクラの隣、モトキはサクラを見てキョトンとしている。
サクラ、涙目でモトキの方を振り向く。
サクラ「ねぇ、私相当酔ってたよね?」
サクラ「何かやらかした? 変なこと言った?」
モトキ、驚き汗が飛び出る。
モトキ「あ、あの、落ち着いて──」
サクラ「ヤバいこと口走ってない?」
サクラ「傷付けてない? 大丈夫!?!?!」
サクラはモトキに顔を近づけ過ぎてしまう。
モトキは驚き、のけぞる。すぐに立ち上がり、ベッドから退く。サクラに背を向けながら、ジャージのシワをパンパンと伸ばした。
モトキ「大丈夫です、別に傷付いてないし」
モトキ、顔だけ振り返る。整った微笑みを浮かべている。
モトキ「円居さんに対する気持ちは変わってないですから」
サクラはベッドに座ったまま、ぽーっとしている。
モトキ「あ、強いて言うなら──」
サクラ、慌てて両手のひらをモトキの前に突き出す。
サクラ「あー、やっぱり何も言わないで!」
モトキ「え?」
キョトンとするモトキ。
サクラは顔を上げる。その目元が潤んでいる。
サクラ「ごめん! ほんっとうごめん何度でも謝る~っ!」
顔の前で両手を合わせ、頭を下げるサクラ。
モトキはキョトンとするも、すぐに口元が上がる。
モトキ「ふっ……」
モトキの顔が耐えられないと言うように破顔する。
モトキ「ははっ! まだ何も言ってねーのに」
頭を上げたサクラ。キョトンとするも、すぐに頬を染める。
モトキは笑いを収め、笑みを浮かべる。
モトキ「本当、円居さん面白いし――」
モトキ、サクラの方を向く。微笑んだその頬を、少しだけ染めている。
モトキ「──可愛い」
サクラ、顔が赤くなりぽげーっとする。
ほわほわと、シャボン玉のようなものが周りに飛んでいる。
サクラ(はぇ……)
モトキが微笑み、サクラの頭をふわりと撫でる。
桜は気持ちよさそうに目を閉じ、手が離れていくと目を開く。視線でモトキを追う。
モトキ「じゃあ俺、帰りますね」
モトキ「ビールごちそうさまでした」
踵を返すモトキ。サクラはぽーっと眺めている。
サクラ「あ、うん──」
サクラ、はっと我に返る。
サクラ「ちょっと待って! ビール飲んだの!?」
モトキが振り向く。サクラは目を見開いて頭から汗を飛ばしている。
モトキの顔がひきつる。
モトキ「飲みましたけど──」
サクラ、頭を抱える。
サクラ「あー私やらかしてんじゃん、20歳未満にお酒飲ましてしまっ──」
モトキ、サクラの元に戻り、彼女の目の前に立つ。
サクラが頭を上げる。ムッとした顔のモトキと目が合う。
モトキ「あの――」
モトキの頭の上に怒りマークが浮かぶ。
モトキ「俺、20歳っす! いい加減覚えてくださいっ!」
サクラ「ごめんってー」
〇モトキの部屋(昼)
扉がガチャリと開き、モトキが入ってくる。モトキの部屋は綺麗に片付いているが、ローテーブルに封の閉じた封筒が一通乗っている。モトキはそのままベッドに歩み寄り、仰向けに寝転がる。
モトキは頭の下で腕を組み、微笑みながら天井を見上げている。
モトキ(『可愛い』って言ったときの円居さん──)
〇キラキラな背景 ※想像
頬を染めたサクラがぽーっとした顔でこちらを見ている。彼女の周りには、薔薇の花が咲いている。
〇モトキの部屋(昼) ※想像終了
モトキ、寝転がったまま頬を赤くしニヤける。
モトキ「すっげぇ可愛かった──」
モトキの下半身が「ムクっ」と反応する。モトキは顔を真赤にして起き上がる。
モトキ「やべ、また勃ってきた……」
モトキ・モノローグ『頬を赤く染めた円居さんに反応したムスコを誤魔化すように──』
モトキ・モノローグ『慌てて彼女の部屋を出た』
モトキはため息を零す。
モトキ「まぁ、いいか。今は俺一人だし……」
モトキ、片腕を目元を覆うように起き、再びベッドに倒れ込む。
モトキ・モノローグ『仕方ない』
モトキ・モノローグ『円居さんに触れるときはいつだって──』
〇銭湯・女湯の中 ※回想
タオルを身体に巻き付けたサクラを、白ジャージ姿のモトキがお姫様抱っこしている。
モトキの顔は無表情であるが、額に汗が垂れている。
モトキ・モノローグ『あの時も──』
モトキの身体がびくっと動く。頭から汗が飛んでいる。
〇住宅街の道(夜) ※回想続き
静かな住宅街を、モトキがサクラをおぶって歩いている。
サクラはうとうとしている。モトキの頬は、赤らんでいる。その額には汗が垂れている。
モトキ・モノローグ『あの時も──』
モトキの身体がびくっと動く。頭から汗が飛んでいる。
〇ホテルの客室・ベッドルーム(昼) ※回想続き
腰を痛めたサクラを、モトキが背中にのせおぶろうとしている。
モトキ・モノローグ『彼女に触れるといつだって──』
モトキの身体がびくっと動く。頭から汗が飛んでいる。
〇サクラの部屋の玄関(夜) ※回想続き
サクラがモトキに抱き着いて泣いている。
モトキはサクラの背中に腕を伸ばしている。その顔は、無表情だが赤らんでいる。
モトキ・モノローグ『――身体が反応してしまう』
モトキの身体がびくっと動く。頭から汗が飛んでいる。
〇モトキの部屋(昼) ※回想終了
ベッドの上に寝転ぶモトキ。頭の下で両手を組み、天井をぼうっと見上げている。
モトキ「それだけで十分好きって言えると思うんだけどな」
モトキ、ため息をこぼす。
モトキ・モノローグ『彼女は俺が〝性欲〟と〝恋愛〟を履き違えているだけだと言う』
こまった顔をするモトキ。
モトキ(無理もねーか)
モトキ(元カレの話、サイテーだったもんな)
モトキが顔を横に向ける。ローテーブルの上にある封筒が目に入る。
モトキ(そろそろアレもあるし──)
天井に向き直るモトキ。
モトキ(とにかく年下脱却、恋愛射程圏内に――ってとこか)
モトキ「どーすっかなー……」
モトキは大きくため息をこぼす。
〇ホテルの事務室・客室部(昼)
サクラがパソコンに向かい、キーボードを叩いている。
サクラ「あ、間違えた」
サクラ「あれ、これはこっちに……ん?」
サクラの頭から汗が飛んでいる。
部屋の隅で、サクラの様子を部長とコノミが見ている。
部長とコノミが隅に向き直る。遠くに仕事をするサクラが見える。
部長「あれは、一体何があったんだ?」
部長が困った顔をする。コノミは頭に?が浮かんでいる。
コノミ「進展したんですかね?」
部長の顔がキラキラになる。目を輝かせている。
部長「お、マジか! ちょっと探り入れてこいっ!」
コノミは嫌そうな顔をする。
コノミ「えー、またですか?」
部長が困った顔をする。
部長「だってオジサンが聞くのも変だろう?」
コノミはため息をこぼす。
コノミ「もー」
コノミ「部長の高級焼肉は無しですからね!」
コノミはくるりと踵を返し、サクラの元へ。
コノミ「円居さーん、ランチ行きましょー♪」
去って行くコノミを目で追いかけながら、部長は頭に?を浮かべる。
部長(焼肉……?)
〇ホテルの社員食堂(昼)
サクラとコノミが一緒にランチを食べている。サクラは背を丸め、ため息を何度もこぼしている。
コノミはサクラを見て、ニヤニヤとしながら箸を口に運んでいる。
コノミ「で、何があったんですか?」
サクラ「へ?」
サクラが顔を上げ、キョトンとする。
コノミ「またまたすっとぼけちゃって~」
コノミ「私の高級焼肉の為にも頑張ってくださいよ~、円居さん」
サクラ「あー……、うん──」
サクラ「はぁ……」
サクラは食が進んでいない。お冷を一口飲む。
コノミはそれを見て、キョトンとした後、顔を輝かせる。
コノミ(これは――)
コノミ「恋の病ですね!」
サクラ「えっ!?」
サクラの声の大きさに、食堂中の視線がサクラに集まる。
調理場内のおばちゃんの視線さえサクラの方へ一度向く。
サクラは頭から汗を飛ばしながら、周りをちらりと見て声を潜める。
サクラ「違──」
サクラ「──くないかもしれない……」
ため息を零すサクラ。
キョトンとしていたコノミは頬を弛める。
コノミ「やっぱり~」
楽しそうなコノミの頭の上には、見えない花が舞っている。
サクラは口を付けていたお冷のグラスをテーブルにとん、と置く。
サクラ(仕方ない。相談できる人も他にいないし、ここは1つ──)
サクラ「今日飲みに行かない? 奢る」
コノミ「やったー! 高級焼肉」
サクラはため息をこぼす。コノミの顔はキラキラしている。
サクラ「焼肉は食べません」
コノミ「いえいえ、未来の話ですよ」
〇大衆居酒屋(夜)
テーブルに向かい合い、サクラとコノミが座っている。
二人の前には食べかけのおつまみや、飲みかけのビールのジョッキが並んでいる。
突然、コノミがジョッキをテーブルに「ドンッ」と勢いよく置く。驚いた顔をしている。
コノミ「『一緒に寝ちゃった』ーーー!?」
コノミはすぐに笑顔になる。
コノミ「よかったですね円居さん! トラウマ克服できたじゃないですか!」
コノミ「しかもお相手は御曹司……」
コノミの上に、♡が浮かぶ。
コノミ「さぞかし素敵な夜を――」
サクラ「違うっ! そういうことじゃないっ!」
コノミ、キョトンとする。頭の上に?が浮かんでいる。
サクラ「同じお布団に入ってただけだから! 服も着てたし!」
コノミ「早とちりスミマセン──」
コノミ「っていうか紳士じゃないですか。同じお布団に入っても襲わないなんて」
サクラ「そうなのかな?」
コノミ「そうですよ!」
コノミはテーブルを「バンっ」と叩く。
コノミ「御曹司くんは円居さんが好きだって明言してる訳だし」
コノミ「しかも若いしその上ホテルの支配人っていう進路も決まってる──」
コノミ「めゃくちゃ優良物件! 付き合わない意味が分からないです!」
コノミの力説に圧倒されていたが、サクラは目をふせため息を零す。
サクラ「他人事だと思って――」
コノミ「思ってないですよ! 私そんなアプローチされたら即刻付き合っちゃいますもん!」
サクラが顔を上げる。
サクラ「そういうもん?」
コノミ「はい!」
コノミ「だって御曹司で性格も優しいし、しかも紳士で余裕がある!」
サクラが困った顔をする。
サクラ「なんか色々違うな……」
コノミ「年齢ですか? そんなの関係ないですよ!」
コノミ「50年経ったら同じくらいになりますしっ!」
サクラ「いや、それは聞いてない」
サクラの頭から汗が飛ぶ。
コノミ「じゃあ何が問題なんですかぁ!?」
サクラ「……傷付きたくない」
サクラが目を伏せる。コノミはため息をこぼす。
コノミ「やっぱりそこかー」
コノミ「でもそれも大丈夫ですよ。彼なら円居さんの身体のことも知ってるわけだし」
コノミ「それが気にならないって証明してくれてるわけだし」
サクラは顔を伏せたまま、不安そうな顔をする。
サクラ「……」
コノミ「一歩踏み出す勇気も大事ですよ!」
コノミが片手をグーにして、力こぶを作るポーズをする。
サクラがコノミを見て、キョトンとする。
サクラ「踏み出す、勇気……」
〇住宅街の道(夜)
サクラが一人で歩いている。その顔は、迷うように揺れている。
サクラ「踏み出す勇気、ね……」
サクラ「よしっ!」
サクラは足を止め、決意を決めたように前を向く。止まった場所はスポットライトのように、街灯がサクラを照らしている。
サクラは早足で、去って行く。
〇マンションの廊下(夜)
サクラが階段を登りきると、サクラの部屋の扉の前にスーツ姿のモトキがいた。扉に寄りかかり、足元を見ている。
サクラ「……あれ?」
サクラが近づくと、モトキは顔を上げほころばせる。
モトキ「良かった、円居さん帰ってきた」
サクラ「私の帰り待ってたの? ここで?」
サクラ「家の中で待ってればいいのに──」
モトキが無表情になる。
モトキ「それじゃ格好つかないじゃないですか」
サクラ「格好つけたかったんだ。用件は何?」
ため息を零し、流し目をするサクラ。
モトキはサクラの方を身体ごと向く。それから、咳ばらいをする。
モトキ「……」
何も言わないモトキを見るサクラ。モトキも、サクラを見つめている。
モトキは急に腰から頭を下げた。
モトキ「今まで『好きだ』とか言って、ご迷惑をおかけしてすみませんでした!」
サクラ「え? 私別に迷惑とか──(言ったような気もする……)」
モトキが頭を上げる。真剣な目をしている。
モトキ「円居さんへの気持ちは変わりませんが、ご迷惑を鑑みて今はこの気持ちは胸の奥に仕舞うことにしました」
モトキ「今までありがとうございました!」
モトキの顔が綻ぶ。
モトキ「じゃあ」
モトキは言いながら、自分の部屋のドアを開け入っていく。
サクラ「あ……」
サクラはモトキの背中に手を伸ばす。しかし間に合わず、サクラの前でバタンと扉が閉まってしまう。
サクラ、驚きつつ青ざめる。
サクラ「嘘でしょ……」