清くて正しい社内恋愛のすすめ
 穂乃莉はもう一度祖母の顔を覗き込んだ後、ゆっくりと身を翻すと、眠っている祖母を起こさないようにそっと寝室を出た。


 ――久留島を、この温泉街を守るため。加賀見たち家族の絆のため……。私は東雲に行こう。


 ゆっくりと扉を閉めながら、穂乃莉は手に力を入れる。


 自分で決めたのだ。

 顔を上げて前を向かなきゃいけない。

 最初からわかっていたことじゃないか。

 自分には自由な恋愛の末の結婚なんて、許されるはずはないと……。


 そう思いながらも、穂乃莉の視界はどんどんぼやけてくる。

 どうしてこんな時、瞼に浮かぶのは加賀見の笑顔ばかりなんだろう。

 腹黒王子なんて言っていたけれど、本当は知っていたんだ。

 加賀見はいつだって、穂乃莉の心を包み込むように優しかったということを……。


「バッグチャーム……渡せなかった……」

 そうつぶやいた途端、溢れるように涙がこぼれ出し、穂乃莉は思わずその場にうずくまった。

 膝を抱え、必死に声を抑えて泣く。


 しばらくして、穂乃莉は誰かに肩を支えられて、はっと顔を上げた。
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