清くて正しい社内恋愛のすすめ
 穂乃莉は自分のマンションに帰ると、息を吐きながら一旦フローリングに座り込んだ。

 スマートフォンには加賀見からの返事が表示されている。

 『俺も、話したいことがある』

 穂乃莉はその画面をギュッと胸に当てながら、壁にかかっている時計を見上げた。


 これから準備をして出かければ、午後からの出社には間に合う。

 チームのみんなも心配しているはずだ。

 取り急ぎ、祖母の体調は問題ないことだけは報告しておいた方が良いだろう。


 でも、まさか祖母が倒れた理由が、久留島グループ存続の危機だなんてことは、口が裂けても言えない。

 ましてや、穂乃莉が東雲に行くかもしれないなんて……。


「今は余計なことは考えない。加賀見に自分の気持ちを伝えることだけを考えるんだ」

 穂乃莉は小さく自分にうなずくと、シャワーを浴びるために浴室へ向かった。


 熱いシャワーを浴びながら、昨夜の出来事がまるで夢の中の出来事だったかの様にぐるぐると巡る。

 穂乃莉はそのすべてを一旦頭から追い出すように大きく首を振ると、出社するために準備を始めた。


 昨日慌てて実家に帰って、そのままとんぼ返りしてきたというのに、不思議と身体は疲れていない。

 穂乃莉は新しいパンツスーツに身を包むと、棚に置いてあったバッグチャームを鞄にしまい、玄関を飛び出して行った。
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