修道院育ちの新米侍女ですがお家騒動に巻き込まれたかもしれません
 その日の夜。レギーナは髪をブラッシングしながら姿見を見た。

「この癖っ毛を褒められるなんて……ああ、でも」

 本当に。以前に比べたら、広がっていない。それに驚いて、よくよく鏡をじっと見る。

「すごいわ。いつもではないけれど、ここに支給されている石鹸で洗っているからかしら……修道院では水だけだったから、ずっとキシキシしていたけれど……」

 障り心地も良い気がする。それに、肌にも艶が出ている。貴族が使っているものに比べれば使用人たちが使うものなぞ大したものではないはずだ。しかし、それまで貧乏な修道院での生活を続けていた彼女にとっては、どれも効果がてきめんだった。だが、彼女はあまり鏡を見ないたちだったし、自分の顔を気にしたことがそこまでないので気付いていなかった。

(わたし、少しは綺麗になっているのかもしれない……)

 それから、少し肉がついた。それは実は歓迎するべきことだった。修道院では最近は子供たちに食べさせるため、大人が我慢をすることが多かったし。自分一人の食事が出来ることのありがたさと、自分だけそうできる申し訳なさ両方があったが、何にせよその立場をつかみ取ったのはレギーナ自身の力だ。

(よかった、以前だったら……きちんと洗っていない髪に触れられるところだった……こちらで3日に一度湯あみまで許可されて、本当にそれだけで嬉しかったけど……洗った後でよかったわ……)

 思い出すのは、まるで自分を抱くように腕を回すロルフの体。一体何がどうなっていたのかはわからないが、とにかく、そんな体勢になっていた。レギーナは、それを思い出してかあっと赤くなり

「こんなぐらいで恥ずかしがるのに、メーベルト伯爵を落とそうとしていたなんて……もう、本当にわたしって恥ずかしい!」

と、耐えられず叫んだ。叫んでから、不意に理解をする。

(そうだわ。わたし、恥ずかしかったんだわ……)

 その「恥ずかしい」は、先ほど彼女が叫んだ「恥ずかしい」とは少し種類が違う。
 今日、ロルフの腕にまるで抱かれるように。それまで、ベンチで隣に並んで話をしていたよりも、それよりずっとずっと近くで。ああ、それは今思い出せばどれだけ恥ずかしいことだったのだろう。駄目だ。考えれば考えるほど、あの時の感触がよみがえって来て、居てもたってもいられなくなってしまう。

「……庭師って、儲かるの、かしら?」

 レギーナは自分を茶化すようにそう言ったが「冗談にならないわ」と首を横に振る。

「大体、ロルフさんがいけないのよ。あんな風に顔がいいから……!」

 と、レギーナは「そうよ。そうなのよ!」とわけがわからないことを言いながら、ベッドの布団の中に潜り込む。彼女の鼓動はずっとどきどきと高鳴ったままだった。
< 14 / 49 >

この作品をシェア

pagetop