現れたのは聖竜様と予想外の溺愛でした
遙か昔、竜の世と人の世が共に混ざり合い、分かち難い絆で結ばれていた時代。
青鈍色の鱗を持つその竜は、竜族を統治する父の教え通り、人の世の助けになるべく人と関わりを持っていた。
雨乞いに応え、炎を教え、稲妻で豊作を伝えた。
善行を成した竜は人の形を取れるようになる。天よりの祝福を受けた聖なる乙女と出会い、契りを得て、異なる世界の架け橋たる誉が与えられるためだ。
それが、いにしえよりの言い伝えである。
一族を豊かに。そしてこの地に限りなき恵を。
そう心に決めていた竜は、ぎらぎらと眩しい王国にたどり着く。
黄金で飾り立てた宮殿に、着飾る王族。
一見豊かなその地の影では、恩恵の手のひらから振り落とされた人々が打ち捨てられて下を向いている。
──助けなければ。
まだ幼い尾を揺らめかせて二本の足に変え、竜は王都に舞い降りた。
「おお、ジルヴァス様とおっしゃるのか。伝説に聞く聖竜とはまさに貴方様のこと! 我が国のますますの発展は約束されたも同然!」
「いいえ、いまだ若輩の身。誉めそやすには及ばぬ竜だ」
「なぁにをおっしゃる。ささ、幼き竜様は何を捧げなさる? 永遠の生命か、尽きぬ財宝か、数多の美姫か──」
「違う、そのようなモノを授けるために来たのではない!」
談判しようと訪れた宮殿で竜は唸る。
彼ら王族には王宮の外の惨憺たる有様が見えていないのか。否、見えていてこの体たらくか。
怒りは彼を竜の姿に戻した。これで威嚇になれば良かったのだが。
持てるものは欲が尽きぬ。
その眩んだまなこに、呻く民の窮状が映らぬか──たてがみを怒らせ威嚇する竜にも、不気味なほど王は穏やかに頷いた。
「人の世の理屈が通じぬのも無理は無い。我々が富めるほど国は栄える。鄙びた巣しか知らぬ竜にはわからぬことやもしれんな」
「貴殿は竜を愚弄するか!」
「いいや? 道理を知らぬ若造を導いてやろうと言うのだよ」
王は、す、と右手を上げた。
同時に下座から放たれた何かが竜を掠める。
為政者たるものの責任を放棄した王への怒りに我を忘れかけていた竜は、一瞬だけ反応が遅れた。
竜の右目に、黄金の矢じりが打ち込まれていた。
「……っぐ、ァ、」
「世間知らずの幼子は知らぬだろうから教えてやろう。竜が恐れられる存在であったのは遙か昔。人は学ぶのだよ。途方もない力を持つ竜を、いかように使役してやるか──」
再び王の手が上がる。楽団の指揮をするかのように無駄のない流れで、杖を構えた術士達が一斉に呪文を詠唱した。
金の鎖が竜に絡みつく。
金の手綱が竜の角を折れ曲がらんばかりに引き倒す。
地を這う詠唱に苛まれ、力無く床に伏した竜の右目から矢じりを引き抜いた術士のひとりは滴るその血を黄金の皿に受けた。
「ほう! これが音に聞く竜の血。一滴であらゆる災厄を操り、果てなき栄光も思いのままと謳われておりますが……これほどあれば、使い道には困りませぬなあ」
下卑た笑みを両目で見なくて済んだことを幸いに思うべきなのか。
黄金の矢じりはそれ自体が呪いであるかのように、取り除かれた後も穿たれた眼窩から竜の抵抗する力を奪っていく。
「さて、竜の加護は生体から得るのが肝要だそうだ」
どんな邪悪な魔物からでも聞いた事のない耳障りな音に意味を見つけた竜は、力を振り絞り飛び立とうとする。
しかし、壁に描かれた術士の陣は、強力な磁力のように竜を壁にめり込ませた。
「ぐあッ」
厳かに響く詠唱の中、陣が竜の鱗を侵食していく。藻掻く尾も、たてがみも、翼も、すべて動かなくなった頃──王はゆっくりと立ち上がって拍手をした。
「ようやった。これで聖竜は我がものだ。伝説の力を手に入れた我が国に、いったい誰が歯向かえるものやら」
呵呵大笑する濁声が宮殿にこだまする。
薄れゆく意識の中、竜は絶望に取り込まれた。
青鈍色の鱗を持つその竜は、竜族を統治する父の教え通り、人の世の助けになるべく人と関わりを持っていた。
雨乞いに応え、炎を教え、稲妻で豊作を伝えた。
善行を成した竜は人の形を取れるようになる。天よりの祝福を受けた聖なる乙女と出会い、契りを得て、異なる世界の架け橋たる誉が与えられるためだ。
それが、いにしえよりの言い伝えである。
一族を豊かに。そしてこの地に限りなき恵を。
そう心に決めていた竜は、ぎらぎらと眩しい王国にたどり着く。
黄金で飾り立てた宮殿に、着飾る王族。
一見豊かなその地の影では、恩恵の手のひらから振り落とされた人々が打ち捨てられて下を向いている。
──助けなければ。
まだ幼い尾を揺らめかせて二本の足に変え、竜は王都に舞い降りた。
「おお、ジルヴァス様とおっしゃるのか。伝説に聞く聖竜とはまさに貴方様のこと! 我が国のますますの発展は約束されたも同然!」
「いいえ、いまだ若輩の身。誉めそやすには及ばぬ竜だ」
「なぁにをおっしゃる。ささ、幼き竜様は何を捧げなさる? 永遠の生命か、尽きぬ財宝か、数多の美姫か──」
「違う、そのようなモノを授けるために来たのではない!」
談判しようと訪れた宮殿で竜は唸る。
彼ら王族には王宮の外の惨憺たる有様が見えていないのか。否、見えていてこの体たらくか。
怒りは彼を竜の姿に戻した。これで威嚇になれば良かったのだが。
持てるものは欲が尽きぬ。
その眩んだまなこに、呻く民の窮状が映らぬか──たてがみを怒らせ威嚇する竜にも、不気味なほど王は穏やかに頷いた。
「人の世の理屈が通じぬのも無理は無い。我々が富めるほど国は栄える。鄙びた巣しか知らぬ竜にはわからぬことやもしれんな」
「貴殿は竜を愚弄するか!」
「いいや? 道理を知らぬ若造を導いてやろうと言うのだよ」
王は、す、と右手を上げた。
同時に下座から放たれた何かが竜を掠める。
為政者たるものの責任を放棄した王への怒りに我を忘れかけていた竜は、一瞬だけ反応が遅れた。
竜の右目に、黄金の矢じりが打ち込まれていた。
「……っぐ、ァ、」
「世間知らずの幼子は知らぬだろうから教えてやろう。竜が恐れられる存在であったのは遙か昔。人は学ぶのだよ。途方もない力を持つ竜を、いかように使役してやるか──」
再び王の手が上がる。楽団の指揮をするかのように無駄のない流れで、杖を構えた術士達が一斉に呪文を詠唱した。
金の鎖が竜に絡みつく。
金の手綱が竜の角を折れ曲がらんばかりに引き倒す。
地を這う詠唱に苛まれ、力無く床に伏した竜の右目から矢じりを引き抜いた術士のひとりは滴るその血を黄金の皿に受けた。
「ほう! これが音に聞く竜の血。一滴であらゆる災厄を操り、果てなき栄光も思いのままと謳われておりますが……これほどあれば、使い道には困りませぬなあ」
下卑た笑みを両目で見なくて済んだことを幸いに思うべきなのか。
黄金の矢じりはそれ自体が呪いであるかのように、取り除かれた後も穿たれた眼窩から竜の抵抗する力を奪っていく。
「さて、竜の加護は生体から得るのが肝要だそうだ」
どんな邪悪な魔物からでも聞いた事のない耳障りな音に意味を見つけた竜は、力を振り絞り飛び立とうとする。
しかし、壁に描かれた術士の陣は、強力な磁力のように竜を壁にめり込ませた。
「ぐあッ」
厳かに響く詠唱の中、陣が竜の鱗を侵食していく。藻掻く尾も、たてがみも、翼も、すべて動かなくなった頃──王はゆっくりと立ち上がって拍手をした。
「ようやった。これで聖竜は我がものだ。伝説の力を手に入れた我が国に、いったい誰が歯向かえるものやら」
呵呵大笑する濁声が宮殿にこだまする。
薄れゆく意識の中、竜は絶望に取り込まれた。