現れたのは聖竜様と予想外の溺愛でした
「……泣いているのか」

滲んで歪んだ輪郭が男の手だと、莉亜は一拍遅れて気がついた。
瞬きをすると睫毛から弾けた涙の粒が目尻へ流れていき、ひやりとする筋が残る。
それを拭いとるように指の腹で擦られて、反射的に固く目をつぶる。

「やっ」

他人から目の周りに触れられる本能的な恐怖感に怯えて身動き出来ずにいると、手が離れていく気配がした。

「害することはしない。触れられるようになったから……怖がらせたなら詫びる」

目を開けてくれと静かに乞われ、莉亜は恐る恐る目を開けた。

真珠色の瞳。
するりと落ちる星の雫のような銀糸。
鼻筋の通った美貌が、新雪のような天井を遮り、莉亜を見下ろしていた。

「…………え?」
「うん。瞼に覆われているよりずっといい」
「え!? ってええ!?」

土色のくすんだ天井はどこにいったのか。
飛び起きかけた莉亜だが、真上の美貌が動く気配を見せないので、このままでは頭突きしかねない。起き上がることを断念して、そのまま辺りを見渡す。

雑巾替わりに引き裂いた布切れではない。天井と同じく新雪のような、おそろしく肌触りのなめらかなシーツだ。ふかふかの枕がふたつもある。
そして、これまたさらりと羽のように軽やかな薄掛けが莉亜に掛けられていた。

「ど、どうして……こんなの、昨日はなかったのに」
「そなたが成したことだろう。驚くことか?」
「私が!?」

軽く返されて莉亜は大袈裟に驚いた。
土と埃だらけの部屋だった。
かろうじて設えられたベッドだったが、できることなら寝そべるどころか座ることすら遠慮したいレベルでの汚さと粗末さで、どうしたものかと考えあぐねていたところだった。
それがどういうことか、清潔さはもちろん、宮殿に設えられていそうな豪華さまで兼ね備えた輝きに、莉亜は圧倒されている。
それを自分が成したと言われても、思い当たる節などあるわけが無い。

「なんで」「どうして」しか言えずに目を白黒させる莉亜に、頭上の美貌はふと頬を緩ませた。

「そんなにベッドが気に入ったなら、今日はずっとここで過ごすか?」

ベッドに仰向けになっている莉亜に、男はゆっくり顔を近づける。
横向きに近づいてくるその角度に、男はあの椅子に腰掛けたまま、枕元にいるのだと気がついた。

「え、あ、あの、ちょっと」
「ふうん……その声もいいが、こういう時には今少し恥じらいが足りない」

鼻の頭に軽く歯を立てられる。

「ひゃっ」
「いいぞ、その調子だ」

楽しげに笑う男の唇が額を掠める。

「ひう」
「はは、愛いなあ」

すうと横にずれた男の薄い唇が耳に触れようか──と、莉亜の緊張がピークに達したところで、男はゆるゆると上半身を起こす。

「戯れはここまでだな。そうら、そなたも起きよ」

ぱんぱんと景気づけのように手を叩いて促された莉亜がなんとか平静を取り戻した頃には、男は昨日と同じく、姿勢よく玉座に腰掛けていた。

「あ……あなた、誰なの?」
「ようやく聞いてくれたか。だがこういう時はまず己から名乗るものさ」

歌うような口調で男は莉亜に水を向けた。
戸惑いながらも莉亜は自分の名前を口にする。

「リア、か。リア、リア、リーア…………うん、そうか」
「あの、あまりひとの名前を連呼しないで頂けますか……」

メロディをつけて歌われてしまうと恥ずかしいことこの上ない。居たたまれずに抗議したが、男はあまり聞いていないようだ。

「あ、あの! 私は名乗りました。だから貴方の」
「ジル」

即答だった。
莉亜が口の中で「ジル」と呟くと満足そうに何度か頷く。

「今はそう呼んでくれ。歌ってもいいぞ」
「う、歌いませんよ!」
「遠慮するな」

突然気さくになった男──ジルは、からからと明朗に笑いながらも、それ以上、自分のことを語らなかった。
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