私と彼の溺愛練習帳
「試してみたいことがあるの。協力してくれない?」
「いいよ。どんなこと?」
「ちょっと一回、お母さんに死んでもらうの」
「は!?」
 閃理は目を丸くして雪音を見た。
 雪音は笑いもせずに閃理を見つめ返した。



 久美子はその日、寝付けなくて寝返りを繰り返していた。
 夫は夜勤でいない。工場で働くうだつの上がらない夫にいらいらしていた。自分のおかげで家が手に入ったのに、礼を言われたこともない。

 娘の愛鈴咲はかわいらしく育ったが、家事ができないのがいまいちだ。
 雪音のせいだ。
 はあ、と久美子はため息をつく。
 愛鈴咲に家事を教えるようにも言ったのに、あいつはさぼった。

 あいつは子供の頃から目障りだった。
 小学生のときは、ときおり担任の教師が連絡をよこしてきた。
 服が汚れている。体臭が臭い。給食を異常に食べる。ちゃんと世話をしているのか。食事を食べさせているのか。

 そのたびに泣きながら訴えた。
 どんなに言っても聞いてくれないんです。好き嫌いが多くて食べてくれなくて。母が恋しいのでしょうか。叔母というのは結局は他人なのでしょうか。

 担任は一度は納得したように引き下がるくせに、なにかあるとまた連絡してくる。
 いったん引き取ったのが失敗だった。ひきとる余裕などない。そう言えば施設に送ることもできたのに。

 児童手当なんか微々たるものだ。それに、あの女……姉の預貯金はすぐに使い果たした。自分の服を買い、娘の服を買い、豪華なレストランで食事をして母娘で国内外に旅行した。

 昔から姉のことは気に入らなかった。ほわんとしていて、きれいで、平和そうで、周りから好かれていた。なにをしても自分より優秀で、腹立たしかった。

 その娘もまた、見るだけで腹が立った。
 ようやく姉がいなくなったとわかったとき、胸がすっとした。娘の雪音が泣くたび、ざまあみろと思った。
 いつしか雪音は泣かなくなった。
 かわいげがない、と心底嫌いになった。
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