私と彼の溺愛練習帳
「雪音じゃん!」
 男はチャラチャラとした金茶の髪をしていた。だらしなく着崩した服装から、まともに働いているようには見えなかった。

「なにしてんの。あ、仕事帰り?」
 蕪崎伶旺(かぶらざきれお)だった。雪音の初めての恋人。
 地元を出て都心部に働きに出たと聞いていたのに。
 高校時代には髪は黒かったし、普通の少年だった。それが今や、雪音とは相反する世界の住人として彼女を値踏みするように笑って立っている。

「新宿で働いてるんじゃ……」
「辞めて帰って来たんだよ」
 彼はにやにやと雪音を見る。
 雪音はなにも言えずに立ちすくんだ。彼の不躾な視線が不快だった。

「きれいになったじゃん」
「……ありがと」
 警戒を隠さず、雪音は答える。
 なのに、伶旺は意に介さない。

「またつきあってやるよ」
「なに言ってるの」
 雪音は声に棘を含ませて言った。
 どうしてそういう論理になるのか、雪音にはさっぱりわからない。

「連絡先教えろよ」
「嫌!」
 叫んで、走り出した。
 二度と会いたくないと思っていた。
 こんなところで会うなんて。

 幸福の崩壊が間近に迫っているようで、雪音は震えた。
 逃げ込むようにマンションに入ると、閃理が出迎えてくれた。
「おかえり……なにかあったの?」
 雪音の顔色を見て、閃理は言った。

「元カレに会ったの……」
「どの?」
「何人もいるように言わないで。昨日話した、初めての彼」
「ふうん……」
 閃理はそのまま玄関におりてきて、雪音を抱きしめる。
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