初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 恥ずかしい。彼が転ぶと思ったのに。
「ちゃんと俺につかまって」
 ぎゅっと手をつかまれた。
「……はい」

 さらに進むと、潮吹き岩というのがあった。
 波がくるたび、鯨が潮を噴くように、岩から潮水が噴き出る。
 波が低かったら見えない景色なのか。波の侵食が進めば見えなくなってしまうのだろうか。

 視線に気が付いて振り返ると、彼が自分を見て微笑していた。
 なんで? 笑うところなくない?
 そう思って改めて潮吹き岩を眺める。
 もしかして、エロいこと考えてると思われた?
 だけど、聞くこともできなかった。

 漣痕(れんこん)という地形の模様も眺め、外に出る。
「楽しかったー!」
 ともあれ、怖い気分はすっかり直っていた。
「俺、車で来てるんだ。このあと千畳敷にも行く予定だけど、一緒に行く?」
「行きます!」
 答えてから、ハッとした。図々しくなかっただろうか。
「じゃ、行こうか」
 彼は気にした様子もなく言った。



 彼の車はコンパクトな国産車だった。ダークトーンのメタリックグリーンがきれいで、室内が広々としている。
 お邪魔します、と乗り込んだら彼にはくすりと笑われた。
 千畳敷は広々としていて、崖とは違った景色が楽しかった。地層がはっきり見えていて、横縞だ。

「ここも面白いですね」
「そうだね」
「段差がけっこうありますね。転ばないでくださいね」
 先回りして言った。転ばないように。

「そう言う人が転ぶんじゃなかったっけ?」
「さすがにここでは」
 言った直後に足をとられた。
「きゃっ!」
 すかさず彼が支えてくれる。
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