無一文男と相乗りしただけなのに、御曹司の執着愛が止まらない
1話 24本・1日中思っています
 ○結実の自室(昼)

 テーブルの上に置かれた、107本分の押し花を前にした結実(ゆみ)に、(れん)は一本の赤い薔薇を差し出す。

廉「俺と、結婚してほしい」

 プロポーズを受けた結実、顔を赤くして胸を抑える。

結実(無一文で困っていた男性を、助けただけなのに……)

 結実の答えを待っている廉を前にしたまま、無言で過去に思いを馳せる。

結実(私はどうして御曹司から、3か月かけて、108本の薔薇を受け取ることになったんだろう……?)

 ※

 ○3か月前・同棲中の自宅玄関(昼)

結実「ただいまー」

 仕事終わり、自宅へ帰宅した結実、玄関のドアを開ける。

結実「ーーえ……?」

 彼氏と見知らぬ女が、キスしている所を目撃してしまう。

結実(誰……?なんで、(りょう)とキスしてるの……?)

 困惑する結実。
 亮が浮気相手から唇を離し、結実に気づく。

亮「違うんだ。これは!」

 慌てる亮。
 結実の瞳からは、一滴の涙が頬を伝い落ちる。

結実「お付き合いを始める前に、約束したわよね……。愛情が枯れ果てたときは、別れると」
亮「聞いてくれ!」
結実「さよなら。二度と、連絡してこないで」

 きつく亮を睨みつけた結実、背を向けて踵を返し、走り去る。

結実「待ってくれ……!」
浮気相手「亮さん」

 追いかけようとする亮に、浮気相手が彼の腕を自身の胸元へ当てる。

結実「これで、亮さんは私の物になりましたね」
亮「……!」

 顔を真っ青にした亮は浮気相手に絡め取られてしまい、結実を追い掛けられなかった。

 ※

 ○東京駅・駅前交番近く(昼)

結実(これからどうしよう……)

 同棲中の彼氏に浮気され、自宅を飛び出した結実。
 周りを見渡す。

結実(なんだか騒がしくて、いつもより人が多いような……? 満員電車だったら、嫌だなぁ……)

 電光掲示板を見て、目的地に向かう電車の時刻を確認しようとする。

結実(あれ? 電光掲示板、なんにも書いてない……)

 結実、戸惑う。
 そこへ、駅員のアナウンスが響く。

駅員「お客様にお知らせ致します。現在、市内で発生した大規模停電により、列車の運行を一時停止しております。再開まで、今暫くお待ち下さい」

 ショルバーバッグの中に入れていたスマートフォンを取り出し、ディスプレイを確認。
 電波が来ていないことに気づく。

結実(……停電だから、人がたくさんいるのね)

 結実は電車からタクシーに切り替えようと、踵を返す。
 その直後、男性の叫び声を聞く。

廉「必ず返しにくる! 金を貸せ!」
警察官「いや、だから。1000円までは貸し出せるけど、それ以上の金額は……」

 警察官と、スーツ姿の男性が揉めている。
 結実、何事かとそちらへ視線を移す。

廉「1000円で、何ができる!?」
警察官「色々あるでしょ。友達のところに行くとか……」
廉「1万とは言わない! 5000円でいい!」
警察官「警察が貸し出せるのは、1人につき1000円まで。それ以上を借りたいなら、他を当たってくれる?」

 警察官から金の貸出を断られた男性が、交番から出てくる。
 苛立つ男性は、近くに落ちていたゴミを素手で拾い、律儀にゴミ箱へ捨てた。
 その後ろ姿をじっと見つめた結実、悩む。

結実(困ってるみたい。悪い人ではなさそうだし……)

 結実、勇気を出して声をかける。

結実「あの!」
廉「なんだ」

 男性、足を止める。背が高く、目つきが鋭い。
 七三オールバックで声かけしにくい印象。
 整った顔たち。
 よく見ると、ボロボロのスーツを着ている。

結実(うわぁ……スーツはボロボロだけど、凄くイケメンだ……)

 剣呑な視線を受けた結実、引き攣った笑みを浮かべながら、必死に言葉を紡ぐ。

結実「私、これからタクシーに乗って、帰ろうと思ってます。行き先って、どこですか?」
廉「世田谷区方面だが」

 男性、渋い顔。
 不機嫌そうに視線を反らして行き先を告げる。
 結実、ほっと胸を撫で下ろす。

結実「これから、杉並区の実家に向かうところなんです。よかったら、相乗りしませんか?」

 男性、目を見開き、結実を凝視。
 勢いよく両肩を掴んで顔を近づけてくる。

廉「本当か!?」
結実「きゃ……っ」

 唇がくっついてしてしまうのではないかと思うほど、距離が近い。
 顔を真っ赤にしながら、彼を見上げる。
 男性、真剣な眼差し。結実の答えを待つ。

結実「は、はい……」
廉「行こう!」

 首を縦に振り、返事をする結実。
 男性、肩から両手を離し、彼女の手首を掴むとタクシー乗り場に直行。
 停車中のタクシーを捕まえ、乗り込む。

 ※

 〇タクシー・走行中の車内(昼)

廉「まずは世田谷区の、株式会社ソードシールドへ向かってくれ」

 聞いたことのない社名に首を傾げながら、結実はシートベルトを着用。
 タクシーは目的地を目指して走る。

廉「本当に助かった。ありがとう」
結実「いえ……」

 結実、イケメンと至近距離で座ることになり、緊張している様子。

廉「現金を持ち合わせていなくてな……。君に声をかけられなければ、身動きが取れなかった……」

 廉、疲れた様子。

結実(彼は、電子決済派。市内一帯が停電だから無一文になってしまっただけで、お金を持っていないわけじゃないみたい)

 結実、不思議そうな顔で思案する。

結実(なら、どうしてスーツは、くたびれてヨレヨレなんだろう…?)

 結実、康に向けて疑いのまなざしを向ける。
 結実の視線に答えた廉、自己紹介。

廉「俺は、剣滝 廉(けんだき れん)。父の会社で働いている」
結実「私は、本山 結実(もとやま ゆみ)です。ええと、これから両親が経営しているコンビニに戻ります……」
廉「コンビニ? フランチャイズ経営か?」
結実「そうです。祖父の代から、ずっとワンツースリーの加盟店で……」
廉「大変だな」

 結実、苦笑い。窓の外を見つめていれば、あっという間に目的地へ到着する。
 タクシーは30階建ての、真新しい高層ビル前に停車。
 ドアが開き、康が降りる。
 中にいる結実へ振り返り、話しかけた。

廉「本当に助かった。ありがとう」
結実「いえ。気にしないでください」
廉「金は必ず、君に返す」
結実「通り道なので……大丈夫ですよ」
廉「都合のいい日を、連絡してくれ」

 康、名刺を渡して颯爽とビルの中へ消える。

結実「出してください。杉並区の、ワンツースリー阿佐ヶ谷東口駅前店までお願いします」

 後ろ姿を見送った結実、受け取った名刺を見つめ、康に思いを馳せる。

結実(すごい、イケメンだったな……)

 タクシーで実家に帰宅。

 ※

 ○数日後・コンビニ店内レジ(昼)

結実(同棲していた彼氏の浮気現場を目撃した私は、彼と破局。実家のコンビニで働きながら、新しい生活を始めた)

 レジカウンターの中で、来店を告げるベルの音と共に、自動ドアが開くところへ視線を移す。

結実「いらっしゃいませー」

 元気よく挨拶をしたところ、結実は驚く。
 来店した客に、見覚えがあったからだ。
 赤い薔薇の花束を抱えた彼は商品に目もくれず、レジに直行。

 レジカウンターを挟み、結実の前までやってくる。

廉「どうして、連絡してくれなかったんだ」

 康は不満そうに結実を睨みつける。
 目を丸くした結実、現実逃避。
 気まずそうに視線を逸らす。

結実(イケメンと、お近づきになれるような容姿はしてないし……。私から連絡するのって、ハードルが高かったから……)

 康は結実の気を引くため、持っていた赤い薔薇の花束を差し出した。

廉「受け取ってくれ」

 結実、視線を巡らせ本数を数える。
 全部で24本あることを確認し、計算。

結実(1本550円と仮定しても、1万以上はするよね……?)

 結実、支払ったタクシー代の倍はするであろう花束を拒否。

結実「受け取れません!」

 必死に康へ突き返すが、彼は一歩も引かずに渡そうとする。
 押し問答を繰り返す。

廉「いいから、受け取ってくれ。お前のことばかりを考えてしまい、仕事にならない」
結実「え……?」

 目を見開いた結実の両手へ、康がしっかりと花束を握らせる。

廉「俺をこんな気持ちにさせて放置した責任は、取ってもらうぞ」

 康、真剣な眼差し。
 結実、頭の中ははてなマークでいっぱい。

結実(こんな気持ち? 責任って、何?)

 呆けている間に康が結実との距離を縮め、唇が触れ合う。

廉「俺はお前を愛してる」

 康が唇を離した直後。
 薔薇の花束を腕で支えた結実、顔を真っ赤にして口元を抑える。

結実(ええ……!?)

 彼の告白をどう受け止めていいのかわからない結実と、親切心を愛情と勘違いして迫ってきた康。

結実(こうして私たちは、恋の攻防戦を始めることになった……)
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