無一文男と相乗りしただけなのに、御曹司の執着愛が止まらない
2話 30本・ご縁を信じます
○コンビニ店内・レジ前(昼)

結実(数分しか会話したことのない相手に告白されたって、同じ言葉を返せるわけがないじゃない!)

 結実、内心大パニック。
 思わず赤い薔薇の花束を抱きしめ、引き攣った笑みを浮かべてしまう。

結実(どうしろって言うの!?)

 いつまで経っても返事が聞こえてこないことに、康は不満げ。

廉「俺と、結婚を前提に交際してくれないか」

 交際を迫られた結実、目を白黒させてあたりを見渡す。
 同僚と目が合うが、自分で解決しろと視線を逸らされてしまう。

廉「結実」

 タクシーで名乗った名前を覚えていた康に呼ばれ、結実はキャパオーバー寸前。
 目を閉じて下を向くと、叫ぶ。

結実「タクシーの相乗りをしただけで、交際を迫られても困ります……!」

 康は目を瞑り震える結実を、心の底から愛していると目線で訴えかける。

廉「しただけではない。警察でさえも俺を冷たくあしらったのに、君は嫌な顔一つせず、目的地までのタクシー代を負担してくれた。俺にとって結実は、救世主だ」

 目を見開いた結実の右手を取った康、手のひらへ口づける。

結実(王子様みたい……)

結実は困惑しながらも、ぽーっと顔を真っ赤にしながら、康が手に口づける姿を眺めていた。

結実(しっかりするのよ、結実!私みたいな平凡女に、金持ちの御曹司が言い寄ってくるわけないでしょ!? これは、悪い夢よ! 絶対そうに決まってる!)

 康が手を離した瞬間に頭を振った結実、自分に言い聞かせると困った表情。
 優しく康を諭す。

結実「お気持ちだけで十分ですよ。タクシー代も、返却していただく必要はありません。私はあなたの気持ちには、」
廉「いや。結実が、俺を好きにならない理由はない」
結実「え……?」
廉「何度も逢瀬を重ねれば、必ず俺を好きになる」

 結実、告げられた言葉に顔を赤くする。
 すぐに康の自信満々な態度を見て、思考をフル回転させた。

結実(落ちてるゴミを拾って、ゴミ箱に捨てる優しい人だと思っていたのに……。超自信家の勘違い男だったなんて! 詐欺だ……! 大変な人と、知り合ってしまった……)

 結実、肩を落とす。

結実(困っているイケメンを見かけたら、女性はきっと手を差し伸べるはず。それをしなかったってことは、危険と判断した理由があると考えるべきだったのね……)

 目頭を抑えて反省する結実。
 一度視線を反らし気持ちを切り替えてから、康に固い表情で告げる。

結実「じゃあ、私があなたを好きになれるよう、精一杯努力してください」
廉「わかった。肉まん一つ」
結実「はい。150円になります」

 彼は頷くと、電子決済で会計を済ませる。
 結実、赤い薔薇の花束を腕で支えたまま、起用に肉まんをショーケースから取り出し、紙で包む。
 肉まんの入った包み紙を受け取った康、小さく会釈してから去って行く。

結実(なんだったの……?)

 結実、呆然。
 暫く康の後ろ姿を眺めていたが、花束を受け取ったことを思い出す。

結実(この赤い薔薇の花束、どうしよう……?)

 結実は逡巡する。
 バッグヤードに戻った結実、空の花瓶を見つける。

結実(これで、よし)

 花瓶に水を入れると、その中へ活けることにした。

 ※


○6日後・コンビニ店内・レジ前(昼)

結実(体のいい、断り文句だったのに)

 康同じ時間に、赤い薔薇を持って結実の元へ訪れる。
 結実は呆れ顔で、康に告げた。

結実「毎回薔薇の花を持ってこなくても、いいんですよ」
康「俺が好きでやっていることだ。気にしないでくれ」

 結実、引き攣った笑みを浮かべる。

結実(保管場所に困ってるから、持ってこないでほしい。その気持ちは、伝わっていないみたいね……)

 困った結実を、康は満足そうに見つめていた。

結実(こいつ……)

 結実は青筋を立てながら、疑問を口にする。

結実「どうして、赤薔薇なんですか」
廉「君と思いが通じ合うまでの、願掛けだ」
結実「そうなんですか」
廉「108本の赤い薔薇。意味は……その日が来たときに話そう」

 康、未来に思いを馳せて嬉しそう。
 結実、康から視線を反らして考える。

結実(最初は24本。一日1本ずつと仮定したら……その時がくるまでは、84日かかるってことよね?)

 難しい顔で計算する結実。
 その間、結実の百面相を見ているだけでも満足なのか、康は幸せオーラを背中から醸し出す。

結実(3か月かけて、私へ会いに来るつもりなの?)

 思考を巡らせ終えた結実、康の説得へ走る。

結実「こまめに会いに来なくたって、いいんですよ。月に一度とかでも、充分なんじゃ……」
廉「いや。不充分だ。定期的に言葉を交わさないと……狂ってしまいそうだ……」
結実「そ、そうですか」

康の熱っぽい視線を受けた結実、ドキドキと心臓が高鳴るのを感じる。

結実(イケメンが、私を求めてくるなんて……! その視線は、反則よ……!)

結実、戸惑いながらも康から赤薔薇を一輪差し出され、受け取ってしまう。

廉「今日は、焼き鳥を一本貰おうか」
結実「はい。120円になります」

 注文を受けた結実、仕事モードに切り替える。
 ショーケースから焼き鳥を取り出し紙で包む。
 康、電子決済を終えて紙に包まれた焼き鳥を受け取る。

廉「また来る」
結実「ありがとう、ございました」

 康の背中を見送った結実に、コンビニの制服を着た男性が声をかけてくる。

 結星(ゆうせい):22歳。茶髪、束感ショート。懐っこそうな顔たち。

結星「なぁ。あいつ、最近よく来るけど。彼氏?」

 結星、ダンボールからホットドリンクの品出しをしながら問いかける。
 結実、バツの悪そうな顔。

結実「彼氏じゃないんだけど……」
結星「追い払ってやろうか?」

 ダンボールから商品を出し終えた結星、ダンボールを畳みながら、心配そうに結実を見つめる。

結実「い、いいよ。そんなの!あれでも、すごく偉い人みたいだから……」
結星「すごい偉い人ってなんだよ」

 結実、お守り代わりにポケットの中に入れていた、康の名刺を見せる。

結星「株式会社ソードシールド、剣滝康……」
結実「お父さんの会社で、働いているようね」
結星「父親の会社で働いてる、偉い人で息子ってことは……御曹司? あれが?」

 結星、名刺を返却しながら納得できない様子。
 疑いの眼差しを結実に向ける。

結星「名刺なんか、いくらでも偽造できるじゃん。結実、騙されてんじゃねぇの?」
結実「でも……会社の中に、入っていくところは見たわ……」
結星「部外者でも、中に入るくらいはできるだろ」
結実「えぇ……」
結星「結実はしっかりしてるように見えて、男を見る目がないからな……」
結実「う……っ」

 結実、亮のことを思い出してしまい、胃が痛い。
 胸を抑える。

結実(私だって、亮があんな男だと思ってなかった……!)

 泣きそうになった結実、首を横に振り、気持ちを切り替える。
 その様子を眺めていた結星、ため息をついてから結実へ提案。

結星「どうせそのうち、また来るんだろ」
結実「その予定、だけど……」
結星「あいつが帰った時、あとをつけようぜ」
結実「ええ……!?」

 結星の提案を受けた結実、素っ頓狂な声を上げる。

結実「そこまでしなくたって……」
結星「あいつ、相当結実に入れ込んでるだろ。安全か確かめねぇと、気が気じゃねぇ」

 結星は腕まくりをして、やる気を見せる。

結実(大変なことに、なってしまった……)

 結実、現実逃避。

結実(彼から送られた薔薇は、合計30本。愛してると告白されてから、6日経過した。御曹司だって名乗ったことが嘘なら。これから私は彼に騙され、3か月を無駄にする)

 結実、品出し中の結星を見つめながら考えに耽る。

結実(彼の気持ちを受け入れたあとに、色々考えたらいいのかなって……一瞬思ったりもしたけど……)

 結星の言葉を受けて不安になった結実、浮かない顔でレジ打ちをする。

結実(結星の言ってることも、よくわかる。私の男運がないのは、事実だし……石橋を叩いて渡るのは、悪いことではない……)

 レジ打ちを終えて客を見送った結実は、結星と目線を合わせる。

結星「オレがしっかり、見極めてやるよ。あいつがほんとに、結実にふさわしい男なのかをな…………」

 品出しを終えた結星は、胸を張って微笑んだ。
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