無一文男と相乗りしただけなのに、御曹司の執着愛が止まらない
3話 49本・忍耐と期待
○19日後・コンビニ店内・レジ前(昼)

結実(剣滝さんのあとを追いかけるって約束したのに……!)

 結実、康の前でそわそわと思考を巡らせる。

結実(そう決めてから、19日も経ってしまった……)

 視線を彷徨わせた結実。
 結星が品出しをしながら父親と話をしている姿を見つめる。

結実(いつ、作戦を決行するんだろう……?)

結実の落ち着きのない様子を見かねた康、結実の頬を両手で掴み、視線を固定する。

結星「俺が目の前にいるのに、よそ見とはいい度胸だな」
結実「ひゃ……っ!?」

結星の姿を見つめていた結実、康のどアップが目の前に突如現れ、目を丸くする。

結星「あまり、かわいい顔を見せるな。口づけたくなる」
結実「それって……!」

 結実の頬から右手を離した康、右手の薬指で唇をなぞる。
 顔を赤くする結実。
 結星と父親が心配そうに見つめている姿を捉え、唇に触れた康の薬指を掴んで遠ざける。

結実「人目がある場所で、そういうことはやめましょう!」
結星「二人きりなら、いいんだな」
結実「え?いや、それは……」

 戸惑う結実。
 視線をさ迷わせている間に、康は真剣な眼差しで頷き身体を離す。

結星「わかった。二人きりになれるのを、楽しみにしていよう」
結実「そうではなく……」
結星「今日は、ホットの缶コーヒーを貰おうか」
結実「はい。110円です……」

 右側のショーケースから缶コーヒーを取り出した康、レジカウンターにそれを置く。
 結実はレジ打ちを行いテープを貼ると、電子決済を済ませて康に渡す。

結実「ありがとう、ございました」
結星「また明日」

 結実、康から赤薔薇を19本受け取る。
 康がコンビニをあとにする姿を見送った、結実。
 結星が手招きしていることに気づく。
 レジカウンターへレジ休止中の札を置き、結星の元へ。

結星「行くぞ」
結実「えっ!?」

 結星、結実にお揃いの黒パーカーを押し付けてくる。
 着るように命じられ、戸惑う。

結星「あと、よろしく!」
父「席を外している間は、無給だよ」
結星「わかってる! 結実! 早くしろって! 見失っちまうぞ!」

 結星に急かされ、パーカーを着る結実。
 渋い顔の父に見送られ、結実と結星は康の背中を追いかけた。



○康の住むタワーマンション前(昼)

結実(剣滝さんはうちのコンビニから出たあと、徒歩と電車を利用して、タワーマンションの中に入って行った)

 物陰で康がタワーマンションの中に入っていった姿を確認した結実と結星。
 顔を見合わせ小声で会話。

結星「すげー高そうな、タワマンではあるけどさ。1階だったら、そこまでじゃねぇだろ」
結実「値段とかは、よく知らないけど……」

 結実、浮かない顔で思案。

結実(剣滝さんが会社ではなく自宅に戻った以上、作戦は失敗なんじゃ……?)

 結星、辺りを見渡す。
 落ち着かない様子。

結実「結星。不審者みたいだよ。やめよう」
結星「誰が不審者だって? 剣滝康の方が、よっぽど変質者だろ!」
結実「声が大きい!」

 結実、結星の頭を軽く叩く。
 結星、涙目で結実を睨みつける。
 その様子を見ていた近隣女性、後方から声をかけてくる。

近隣女性「あらあら〜。剣滝さんのお知り合い?可愛らしいカップルね〜」
結実・結星「「違います」」

 声を揃え、女性の言葉を否定する二人。
 息ぴったりな様子に、近隣女性は笑う。
 結実と結星、苦い顔。

近隣女性「仲がよさそうに見えたから、つい。剣滝さんは、御曹司なのよ。マンションの最上階に住んでいて……住民からの評判もいいの。素敵な人よねぇ〜」
結実「そ、そうですね……」

 結星、なんだこいつとジト目で女性を見つめる。
 結実、引き攣った笑みを浮かべながら相槌を打つ。

結実「剣滝さんに用事なら、私が呼んできてあげましょうか?」
結実「い、いえ。お気遣いなく」
近隣女性「そう?」
結実「はい。剣滝さんのことを教えて頂き、ありがとうございました」
近隣女性「どういたしまして!」

 笑顔の女性、結実と結星に別れを告げてタワーマンションの中へ消える。
 残された二人、ほっと胸を撫で下ろす。

結実「通報される前に、帰ろう」
結星「何言ってんだよ。あれ、スピーカーお……」
結実「失礼になるから、やめて」

 結実に睨みつけられた結星、ふてくされた様子。
 両手を頭の後ろで組み、視線を逸らす。

結星「せっかく仕事サボって外に出てきたんだ。どうせなら、在席確認しようぜ。なんだっけ。ソードアンドシールド?」
結実「株式会社ソードシールド。迷惑になるから……」
結星「迷惑してるのはこっちだろ。毎回律儀に薔薇花束持参して、決まった時間に来るとか。ストーカーじゃん」
結実「結星、怒るよ」

 結実と結星、険悪な雰囲気。
 そこに、タワーマンションから男性が走って出て来る。

康「結実」
結実「剣滝さん……!?」

 康、お揃いのパーカーを身に着けている結星を見つめ、ムッとした様子。
 驚く結実の右手首を掴み、引っ張る。

康「詳しいことは、中で話そう」
結実「え? でも……」

 結実、結星を振り返り見つめる。
 迷っている様子。
 結星、右手を上下に動かし、康と一緒にタワーマンションの中へ向かうよう指示。

結星「本当に最上階に住んでいるのか、確かめてこい」
結実「結星……!」

 したり顔の結星に送り出された結実。
 康によってタワーマンションの中へ連行。

結実(ど、どうしよう……。剣滝さんのお宅へ、お邪魔することになってしまった……)

 結実、内心焦る。
 康、普段と変わらない表情。

 エントランスを経由しエレベーターに乗り、最上階を目指す。

 ※

○康の自宅・リビング(昼)

 康の自宅に連れ込まれた結実。
 玄関を経由しリビングまで腕を引っ張られると、ソファーの前で手首を離される。

結実(わぁ……。すごく広い部屋……。ホテルのスイートルームみたい……)

 結実、物珍しそうに周りを見渡す。
 存在を無視された康、渋い顔。

康「結実」

 康、気を引く為に結実の名前を呼ぶ。
 結実、部屋を見渡すのに夢中で気づない。

結実(生活感が感じられないくらい、殺風景だけど……本当に、この部屋に住んでいるのかしら……?)

 苛立つ様子を見せた康。
 結実の腕を再び取り、結実をソファーに押し倒す。

結実(剣滝さん、怒ってる……?)

 結実、頭の中で警察官を怒鳴りつけていた時の表情と、目の間にいる康の表情を見比べる。

康「あの男との関係は」

 目を丸くして康を見上げる結実。
 康、結実から返事が聞こえないため、肩の力を抜く。

康「口を割らないなら……」
結実「ひゃ……っ!?」

 康、結実の首筋に顔を埋め、噛み痕をつける。
 結実、身を捩る。顔真っ赤。

康「このまま、食べてしまうぞ」
結実「……っ!?」

 結実、目を見開く。
 康、結実を押し倒したまま真剣な眼差しで見下す。

結実(剣滝さんは……本当に、私のことが好きなんだ……)

 まっすぐな彼の目を見た結実。
 彼の気持ちに嘘偽りがないことを知り、潤んだ瞳で見上げる。

結実(私、このまま……。剣滝さんと……)

 彼と愛し合う覚悟ができない結実、視線を逸らす。
 その姿を見た康、右手で結実の頬を摘み引っ張る。

結実「ふぇんふぁぎさん……!?」

 頬を引っ張られたまま、康の名字を呼ぶ結実。
 康、真顔。

康「冗談だ」

 結実、大混乱。
 康、頬を引っ張る手を離し、覆いかぶさるのをやめる。
 ネクタイを緩め、したり顔。大人の色気爆発。

康「二度目はないぞ」

 結実、ソファに身体を投げ出したまま、康の姿を見つめる。
 心臓が高鳴っていることに気づき、逡巡。

結実(剣滝さんから告白されて……戸惑いの方が大きかったはずなのに……)

 両手で顔を覆う結実。

結実(どうして私は、彼が身体を離したことを、残念がっているんだろう……?)

 結実は康に、心を許し始めていることに気づく。
 全身を震わせながら、ソファーから立ち上がる。

結実(……私、剣滝さんのこと……好きになってしまったのかもしれないわ……)

 自分の気持ちに気づいた結実。
 康のことを直視できないまま、彼の自宅をあとにする。
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