この結婚には愛しかない
「長谷川くん文句言ってた?」
「え、いえ...たぶん言ってません」
「ははっウソが下手だね。そっか言ってたか」
「(ごめん長谷川くん)」
「長谷川くんは今の部署で数字だけ見てるのはもったいない。もっと表に出てしゃべれるようなったら、たぶん彼、化けるよ」
カラになった食器を手に、歯磨きしてくるね。と立ち上がった伊織さんから食器をもらった。
「洗うよ」
「いえ、どうぞご準備なさってください」
「ありがとう」
昨日会議が終わったあと、長谷川くんは伊織さんからの急な指名に怒っていた。人前で話すのは好きじゃないと。
するかしないかと聞かれたらしないと答えられたのに、イヤな聞き方されたって。
伊織さんは数回の打ち合わせで長谷川くんのそんな性格を見抜いていたとしたら、本当にすごい。
歯磨きを終えた伊織さんが、ジレを着て腕時計をはめた。出勤前の最終仕上げだ。付けたての香水の香りがする。
「今日は終日社内にいらっしゃいますよね。サンドイッチをたくさん作ったので、よければお昼にお召し上がりください」
「いいの?ありがとう。嬉しいよ」
「今日もお仕事がんばってください」
「莉央もね」
揃って家を出るときに、先に革靴を履いた伊織さんとハグをする。
「伊織さん」
私の呼び掛けに、ん?と無防備な伊織さんに、少しの背伸びでキスできた。玄関の段差を利用して。
「莉央からのキスか。今日もがんばれるよ。何度か出てた丁寧すぎる敬語も今日は見逃してあげる」
出てました?出てたよと、笑いながら部屋を出た。