御曹司は初心な彼女を腕の中に抱きとめたい
私は店長や奥さんに支えられ、仕事を続けさせてもらえることになった。
幸いつわりはほとんどなく順調。
重たいものを運んだりするのも変わってくれた。立ち仕事なので大変だが、合間で座れるように椅子を準備してくれ、本当に大切にしてもらっていると感じる。申し訳ないと何度か伝えたが、みちるちゃんの赤ちゃんのためにしてあげているのよ、と優しく言われる。
私が気を使わずに済むよう座ってできる仕事を回してくれていることもわかっている。こんな優しい人たちに巡り会えて本当に幸せだ。

五ヶ月を過ぎるとお腹が少しだけふっくらしてきた。
食欲が止まらず、食いしん坊が元に戻ってきたようで嬉しい悲鳴だ。月に一度の診察でも赤ちゃんがよく動いているのが見える。手や足が見えてきて本当に可愛らしい。私はエコーの写真を大切に母子手帳に挟んだ。

ポコッ

お風呂上がりにソファで座っているとお腹の中で水が跳ねるような不思議な感覚がした。
ん?

ポコッ

あれ? これってもしかして。
私がお腹に触れるが手に感覚はない。でもお腹の中で何かを感じる。もしかして赤ちゃんが動いているの?

「ねぇ、動いているの?」

私がお腹を撫でながら声をかけるが反応はない。やっぱり違ったのかな、思っているとやはり同じように感じるものがあった。
絶対にそうだ。
赤ちゃんがここにいるよって教えてくれているんだ。私は何度も何度もお腹を撫で、絶対に幸せにするからね、と話しかけた。初期の頃、妊娠している自覚はなかったとはいえ彼と別れ毎日泣き明かしていた。それなのに赤ちゃんは私の中で頑張って育っていてくれた。もう赤ちゃんに心配をかけたくない。外の世界は優しいんだって教えてあげたい。そう思い、何度も優しく撫でていた。

実家には定期的に電話やメッセージを送っていたが住所は教えていなかった。万が一、実家に蒼生さんがもし訪ねてきて両親が教えてしまったら困ると思った。内緒にできる両親ではない。それに彼の話を両親にするだけの気持ちの整理もできていない。ましてや契約の話なんてできるわけがない。でも、もし反対に尋ねてきてもくれなかったら、と思うと悲しい気持ちになった。所詮それまでの関係だったのだと思い知らされるようで怖い。

私はスマホにデータを移動した時に写した彼との写真を開いた。
告白されたベリヶ丘駅の浜辺で撮った二人の写真。忙しくて一緒に遠出することは滅多にできなかった、だからこそ時間がある時にはふたりでよく散歩をした。海沿いのカフェでブランチを取ったり、サウウスパークを散策したりした。大使館が集まるエリアを歩いていると近くに多国籍な料理を食べられてたりして楽しかった。そんな他愛のない日常しか写真に残っていないが、どれも大切な思い出だった。今はこれを見ると胸が締め付けられるが、そのうちにいい思い出になっていくのだと思う。
日に日に大きくなっていく私のお腹を見つめては愛おしくなっていく存在。
初めこそ本当に動いたのかわからなかったが、七ヶ月を過ぎるともうはっきりと感じることができる。洋服もマタニティでないと入らないほどに大きくなっていった。性別は聞くか? と病院で聞かれるが悩んでいた。知りたいのはもちろんだが、生まれてきてからのお楽しみっていうのも素敵だ。どちらが生まれても蒼生さんの子供なら愛せる自信はある。やっぱり聞くのはやめて楽しみに待つことに決めた。

「みちるちゃん、お腹がだいぶ大きくなってきたわね」

商店街の人たちはパンを買いに来るたびそう言うと私のお腹を撫でていく。この距離感が私には心地いい。今の人たちはコミュニティでのやり取りを疎ましく思う人もいるようが、私にはとてもありがたい。知らない土地で知り合いもおらず、ふさぎ込まずに済んだのは気さくに話しかけてくれる人たちのおかげだと思う。

「おばあちゃん、今動いているのわかる?」

「え? どれどれ」

私のお腹に手を当てたまま様子を伺っていると、蹴るような衝撃があった。

「あら、元気な子ねぇ」

おばあちゃんは目を細めてお腹を撫でてくれる。体を冷やしたらダメよ、とこの前は靴下をくれ、おばあちゃんは妊婦の私を何かと心配してくれる。

「うん。夜中も動いているのがわかるの」

「あらあら、ママを夜は寝かせてあげてちょうだいね」

おばあちゃんは赤ちゃんの話かけてくれる。私のおばあちゃんのような雰囲気に、私自信とても癒されている。

「みちるちゃんは里帰り出産?」

実はまだ両親に妊娠のことを話せてはいない。定期的な連絡はしているが、肝心な話はできていない。
娘が知らない土地で知らない間に出産していたなんてことになればこれ以上の親不孝はないだろう。今以上に親不孝なことはしたくない。でも言い出すきっかけが待つからない。なんて言われるのかと思うと不安でいい出せない。
おばあちゃんはなにもいえない私を見て諭すようにいってきた。

「子供の心配をしない親なんていないのよ。いくつになっても親は心配なの。それに子供の幸せを願っているのよ。だから頼られて困る親はいないの。みちるちゃんも素直に頼ったらいいのよ。両親だってそうして欲しいって思っていると思うわ」

おばあちゃんの言うとおりかもしれない。私は今日の夜、勇気を出して伝えてみようと決意した。
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