御曹司は初心な彼女を腕の中に抱きとめたい
痛い……。

急に腰のあたりが思いたくなりびっくりした。
ハッと気がつくとお尻のあたりがじんわりと生ぬるいものが流れることに気がついた。
え?
まさか、とは思うがもう三十八週をすぎ、いつ生まれてもおかしくない時期だ。今日の検診でもそう言われて帰ってきた。
ただ、ここで破水してしまったのかと思うとどうしたらいいのかわからない。
慌てて私は母に電話をかけた。

「お母さん、近くの公園にいるんだけど破水しちゃったみたいなの。どうしよう。ここから動けないよ」

『え?! 痛みはあるの? いますぐにマタニティクリニックへ電話しなさい。すぐにそこに行くから待ってなさい、一緒にタクシーで病院に行くわよ』

そういうと電話は切れた。私は母に言われてハッとした。病院に電話をしなければ、と思いバッグの中に入っている診察券を取り出しスト状況を説明した。破水しているのならすぐにクリニックへくるようにと言われた。
家から公園まではそんなに離れていない。入院の準備をしていたバッグを持ってすぐに母がきてくれるはず、と思って私は座っていた。お腹をさすりながら「大丈夫だからね」と何度も赤ちゃんに声をかけた。
赤ちゃんに声をかけているが、一番不安に感じているのは私自身。どうしたらいいのかわからず怖い。

「みちる、大丈夫か?」

私がお腹をさすりながらベンチでうずくまっていると頭上から声が聞こえてきた。この声……。
ハッとして顔を上げると何度もスマホで見続けていた彼の姿があった。後にはバッグを抱えた母の姿も見える。

「痛いよ」

「わかった」

彼は私を抱きかかえると、また水が流れ出る感じがあった。どうしよう。

「みちる、すぐそこに車を止めてある。もう大丈夫だ。落ち着こう」

彼に大丈夫だと言われると急に力が湧いてきた。彼に支えられながら彼の車の元へ辿りついた。母がバスタオルを座席に敷いてくれる
。私は二人に支えられ、どうにか車に乗り込むと母は反対側から乗り込んできた。蒼生さんが運転席に回り込むと母がマタニティクリニックの場所を口頭で伝える。ウインカーを出すとそっと公道を走り始めた。
陣痛が始まっているのか痛みに波がある。
うぅ、と痛みが始まると歯を食いしばる。しばらくすると痛みが引いていくが、また少しすると波がやってくる。

「もう少しだからな、大丈夫だ」

彼はルームミラーで私の様子を見ながら何度も声をかけてくる。母も私の腰をさすり続けている。
程なくしてクリニックへ到着すると外で車椅子を準備しスタッフが待ち受けていた。
私はそれに乗せられると陣痛室へ案内される。モニターをつけると赤ちゃんの心音がドクン、ドクンと力強く聞こえてきた。
破水をしてしまったが赤ちゃんは元気だと一安心するのも束の間、さっきよりも陣痛感覚が短くなっているのか痛みの波のくるのが早い。
ふぅ、ふぅ、といきみを逃し痛みに耐えていると、いつの間にか私の腰をさすってくれているのは蒼生さんだったことに気がついて驚いた。

「蒼生さん?!」

「みちる、大丈夫か?」

「ねぇ、どうしてここにいるの?」

「やっと今日みちるが家に戻っているってわかって伺ったんだ。そしたらみちるが電話で破水した、生まれそうだとお母さんが言っていて驚いたよ。俺の子供だろう?」

今この場で言えることではない。また痛みの波がきて会話が途切れる。蒼生さんは無言で何度も腰をさすり続けてくれる。痛みの波が治るとまた話が始まる。

「みちるはうちの親に強要されたんだろう? 実家にいるお手伝いさんにみちるが来たと聞いたんだ。その時の会話も教えてもらったよ。そこからは俺が想像した」

蒼生さんの実家に行ったのは馬場さんに連れられて行った時だ。その時に別れるよう説得されたが結論は出さなかった。でもその後消えた私はその要求を飲んだとわかっているのだろう。

「みちるは三橋製薬の御曹司と結婚したかったのか?」

「そんなわけない」

「だろう? 俺だって三橋製薬と結婚したいわけじゃない。結婚相手は自分で決めたい。親になんと言われようが自分と一緒に未来を歩ける人と結婚をしたい」

ちょうどその時にまた痛みの波がきた。苦しみ始める私をまたさすり始める。彼の温かい手が私の背中から感じとれる。

「でもお父さんはそう思っていない。私がいたら邪魔になるから」

痛みの間に一気に伝える。彼の温かな手を私は握り、さするのをやめさせた。

「今なら戻れる。帰って」

精一杯の強がりだ。彼のこの手を離したいわけない。でもこのままここにいたらダメだ。私が手を離すと、そのまま私の手を握り返してきた。

「みちる、俺はずっと探していたんだ。みちるがいなくなってから仕事もなにもかも手につかなくなってしまった。みちるは俺になにもしていないっていうけど、そんなことない。みちると一緒にいると毎日が幸せな気持ちになれるんだ。人として優しい気持ちになれるんだ」

蒼生さんは手を強く握りしめ、私の目を見つめてきた。

「俺にはみちるしかいない。あの日、きちんと口に出せなかったことを後悔しているんだ。いつか……なんて中途半端なことを口にすべきではなかった。きちんと未来の約束をして、みちるが逃げ出さないように繋ぎ止めておけばよかった」

また痛みの波がきたのが私の表情からわかったのだろう。私の手をそっと離すと腰とさすり始める。
ふぅ、ふぅ……
痛みの間隔が徐々に短くなってきて、痛い時間が長くなってきている。
一瞬の休憩を蒼生さんは見逃さなかった。

「みちる、結婚してほしい。俺が必ず一生守るから、俺と一緒に人生を歩いてほしい」

「蒼生さん、本気なの?

「当たり前だろう? もう後悔したくない。みちるを失いたくないんだ」

私は気がつくと涙が込み上げてきていた。そんな様子を見て私の涙をてで拭ってくれる。
また痛みが来ると彼はずっとさすり続ける。私は痛みに耐えながら、彼の言葉を何度も頭の中で繰り返していた。

「みちる、愛してる」

彼の言葉がストレートに胸の奥深くに突き刺さった。私の彼を愛している。離れてから今日まで彼のことを忘れたことなんて一度もない。彼が本当に好きだから、たとえ別れたとしても授かったこの子を育てようと思った。一生に一度の恋だと思った。彼以上に好きになれる人なんているわけがない。

「私も……、私も蒼生さんのことを愛してる」

痛みで息が上がる中、私は必死に彼に気持ちを伝えた。
すると彼は私のことを抱きしめてきた。

「よかった。みちる、結婚しよう」

私は必死に頷いた。
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