御曹司は初心な彼女を腕の中に抱きとめたい

その後

出産から三ヶ月。
私は久しぶりに一人暮らしをしていたマンションに戻ってきた。
ここでずっと子育てしていくつもりだったのに、まさか結婚するなんてあの時には考えても見なかった。
私が蒼生さんと悠真を連れてパン屋さんへ行くと喜んで迎えてくれた。

「出産おめでとう。よくきてくれたね」

「はい。ようやく落ち着いて連れてこれました。えっと、こちらは主人の三橋蒼生さんです」

「一緒に来たからまさか、とは思っていたけどうまくいったってことかな?」

すると彼は頭を下げてくれる。

「はい。結婚しました。私が至らないばかりに彼女には本当に大変な思いをさせてしまいました。皆さんにも本当にお世話になりました。ありがとうございます」

すると奥さんが笑っていた。私の肩に手を乗せると、

「こんなにいい子なんだもの。きっとあなたのような人が迎えに来るんじゃないかと思っていたのよ」

といってくれた。そして幸せにしてあげてね、と言うと何度も蒼生さんは頷いていた。

マンションに入ると彼はパン屋で働いていたことや商店街の人たちと顔馴染みになっていたことを笑っていた。

「パン屋ってところがみちるらしいよ。ホッとする。みちるは美味しいものを探すのが上手だもんな。この街も散々散策したんだろう」

「そうですね。知っている人もいなかったし、そのくらいしかやることがなくて」

私が苦笑すると彼は真剣な顔になってしまった。

「そうだよな。笑ってすまない。知り合いもいない土地に放り込まれたんだもんな。笑い事じゃない。本当にすまない」

謝って欲しくていった訳じゃない。

「もうこの話はやめましょう。私たちは結婚できたんだからいいじゃないですか。さ、私は食いしん坊ってことで笑ってください」

私がそう言うと彼の笑顔はぎこちないが、笑ってくれた。
マンションを引き払う手続きを済ませると東京のマンションに戻った。
するとマンションの目の前で考えあぐねている男性が目に入った。
蒼生さんのお父さんだ。
近づくと私たちに気がつきハッとするが、すぐに私の目の前に来ると深々と頭を下げた。

「本当にすまなかった。自分勝手な父親だった。もう少しで二人、いや三人の人生を狂わせるところだった。本当にすまない」

あんなに強気だったお父さんが謝るなんて信じられなかった。
それでも、きっと彼の言葉がお父さんに響いたのだろう。父親として彼に盤石な状態であとを継がせたかった親心なのではないかと思った。

「もういいんです。私の方こそ勝手に子供を産もうとしました。すみませんでした。でもどうしても諦められなかったんです。彼の子を産みたかった。そしてこの手に抱けたことに感謝しているんです。お父さんも抱いてあげてくれませんか?」

私がそう言うと、驚いたような顔をし、蒼生さんの様子を伺っていた。彼は悩んだ表情を浮かべていたが、お父さんの腕の中に悠真を渡した。

「おお、かわいい子だな。生まれてきてくれてありがとう」

その言葉だけで私はなにもかも水に流せた。
みんなで幸せになりたいと思った。
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