The previous night of the world revolution8~F.D.~
「サイネリア家…。上級貴族の一つですね」

「そうだ。殺されたのは、別荘に住んでいたサイネリア家の当主、アジーナ・ミシュル・サイネリア女史だ」

「…」

サイネリア家の当主…。

アジーナ・ミシュル・サイネリア。

その名前を聞いた瞬間、俺は反射的に胸を押さえた。

自分でも無意識だった。

「…さすがに知っている名前だろう。貴殿にとっては…」

「おい、オルタンス…」

オルタンスは淡々と告げ、アドルファスは顔をしかめて諌めようとしたが。

そんな二人の声は、俺には聞こえていなかった。

…アジーナ・ミシュル・サイネリア…。

…決して忘れられない、胸の奥の記憶が蘇った。

俺が帝国騎士官学校に通っていた時…理事長を務めていた女…。

俺の地獄を…見て見ぬ振りをしていた女…。

「…」

俺は胸を押さえたまま、無言で天を仰いだ。

…今ここに、隣に、ルルシーが居てくれたらな。

心の底から、そう思った。

…そう。あの女が死んだのか。

しかも、誰かに殺されて。

…それは非常に残念です。

…どうせなら、俺がこの手で殺してやりたかった。

そうすれば、少しはこの煮えたぎる憎しみが、楽になったかもしれないのに。

「…大丈夫か?」

「…」

「ルレイア?」

「…あぁ…」

俺はようやく、胸を押さえたままオルタンスに視線を戻した。

もうこの瞬間から、俺、ふざけるのやめますよ。

とてもそんな気分じゃなくなったので。

「…そう…そうですか。それはそれは…」

「何かコメントは?」

「何も。この手でとどめを刺さなかったことを後悔してるくらいです」

それと、久々に忌々しいその名前を聞かされて、心底機嫌が悪いだけです。

今の俺は、剥き出しのダイナマイトですよ。

下手に触ればすぐ爆発するので、注意して発言した方が良い。

「じゃあ、次にこれを見てくれ」

と言って、オルタンスは透明なビニール袋に入れられた、黒いガラスの破片のようなものを差し出してきた。

俺は、それを手に取って見つめた。

…これって…。

「見覚えがあるか?」

「…これ、俺の店の香水瓶ですね」

「その通りだ」

ルレイア・ブランドの香水店『Black Dark Perfume』の主力商品。

オリエンタルノート・パフューム6番、商品名は『Black Midnight』である。

「これがどうかしました?」

「殺害現場に残されていたものだ」

「…ふーん」

サイネリア家のご当主が、この香水を使っていた?

…と、いう訳ではなさそうだな。

『Black Dark Perfume』の顧客の中に、サイネリアの名前はなかったはずだ。

俺は、証拠心のそのビニール袋を、ポイッとテーブルの上に投げた。
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