愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
「小春が楽しそうで、よかった」

「え?」

 そんなふうに言われるとは思わず、つい気の抜けた声が出る。

「結婚する前に、紅葉亭で生き生きと働く姿を見てきたから。それを取り上げてしまうのは、なんだか申し訳なかった」

「千隼さん……」

 短期間だったとはいえ、ベルギーにいた間は仕事を離れていた。私は紅葉亭から手を引いたのを、千隼さんのせいだとか、取り上げられたなんて考えたこともない。
 彼と結婚するからには仕事を続けられないだろうとはわかっていたし、海外暮らしになるのも納得していた。もちろん、縁談を勧めてきた父だって承知している。

 むしろ、こうして今でも自由にさせてもらえる方が予想外で、千隼さんには本当に感謝しかない。

「私、そんなふうに思っていないから」

 私たちの結婚を、彼には負い目に感じないでほしい。

「たしかに紅葉亭は私にとって大事な場所だし、実家が気になるのは当然よ。でも、皆が元気でいてくれるのならそれでいい。紅葉亭は私じゃなくても手伝える人がいるけど、千隼さんの奥さん私だけだし」

 そこに感じるどうしようもない寂しさは否定しないが、それ以上に千隼さんの傍にいたいと願っている。

 大胆な発言をしていると気づいて、だんだん声が小さくなった。
 同時に彼には私以外の選択肢もあったのではと浮かんだが、今はそれよりも羞恥の方が勝る。

 不意に、千隼さんが歩みを止めた。
 慌てて私もそれに続き、半歩後ろを振り返る。

「小春」

 打を解かれたと思ったらふわりと抱きしめられて、一拍遅れて鼓動が騒ぎだす。
 海外にいるときはともかく、人通りの多い場所で千隼さんがこんな行動に出るなんて想定外だ。

「小春。俺の奥さんになってくれて、ありがとう」

「それは、私の方だよ。私を選んでくれて、ありがとう」

 千隼さんに恋をして、大切なものを手放してでも一緒にいたいと願った。好きになった人に求められた喜びは、それほどまでにも大きい。

 感謝と好意を伝えたくて、私も彼に腕に背を回して抱きしめ返した。
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