愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
「なんの後ろ盾にもならないなら、せめて生活を支えるくらいの利点を求めたいのに、それすらままならない」

 父親同士の関係を盾に取った、無意味な結婚だ。
 彼と結婚してからの日々を思い起こすと、そう言われても仕方がないかもしれないと私ですら考えてしまう。

「そ、それは……」

「今だってそうじゃないですか。夜遅くまで紅葉亭で働いて、彼の食事は店任せ。私だったら、愛する夫のためならなにを差し置いてでも支える覚悟があるわ。ずっと夢見てきた、今の職を手放してでもね」

 ベルギーへの渡航は周囲が止めたとか、仕事については千隼さんが取り計らってくれたとか、言いたいことはたくさんある。
 けれど彼女の覚悟を見せつけられたら、そのどれもが言い訳にしか聞こえない。

 私に仕事の話をしたときの千隼さんは、どんな表情をしていただろうか。
 表面上はにこやかであったとしても、妻とはいえ再会して間もない相手に本音を見せられなかった可能性だってあるかもしれない。

 膝に置いていた手を、ぎゅっと握りしめる。


「千隼先輩が幸せなら、私は身を引くつもりでいました」

 ハッとして、顔を上げる。
 目の前に座った山科さんは、真剣な表情をして私を見つめていた。
 私に敵対心をむき出しにしているようでいて、なにかを懇願しているようでもあるその瞳に囚われて、身動きが取れなくなる。
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