愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
* * *

 本音をすべて明かせたわけではないけれど、千隼さんと話をしてから心がずいぶんと気が楽になった。

 私たち夫婦は、今のままでいい。彼がそう言ってくれたのは心強かった。

 千隼さんの職場には、山科さんがいる。それを想像すると再び不安に陥りそうになるが、いつまでもふさぎ込んでいるのは明るさが取り柄の自分らしくない。
 今の自分にできることを精いっぱいやっていこうと決めて、雑念を必死に振り払った。

 紅葉亭が定休日の今日は、午後から習い事と買い物に出かけている。
 その途中で、そう言えば昨日済ませておくはずの伝票の整理を忘れていたと思い出し、帰宅する前に店に立ち寄った。

「あれ?」

 閉まっているはずの店内から、薄らと灯りが漏れている。定休日にも関わらず、父が来ているようだ。
 前日に仕込みが必要な料理があるのか、それとも新しいレシピの開発をしているのかと考えながら、裏口から足を踏み入れた。

 店内に父の姿はない。ただ、たしかに使われた形跡はあり、洗われていない数枚の食器が流しに置かれていた。

 微かな話し声が聞こえて、奥の和室に視線を向ける。襖の隙間らかわずかな灯りが漏れており、どうやらそこに父がいるようだと近づいた。

「――二年もだからなあ」

「その件は俺にも責任がある。本当に申し訳なかった」

 話している相手は、義父のようだ。おそらく、仕事を終えてそのままここに来たのだろう。

 謝罪の言葉が聞こえて、深刻な話をしているのだろうかと察する。ノックをしようと上げかけた手を、浮かせたまま止めた。
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