愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
「あいつが帰国してからは、夫婦らしく過ごせているじゃないか」

「ああ。店に来ても、すっかりふたりの世界に入ってるぞ」

 どうやら、私と千隼さんの話をしているらしい。私たちの仲を冷やかしているようで、ますます声をかけづらくなる。

「俺たちも、絶妙なタイミングで話を持ち掛けられたよな。本当に、あいつもいいときに結婚できたよ。なんの進展もないままベルギーに渡っていたら、ますます結婚から遠のいていただろうからな」

「経験上、学生のうちにでも縁をつないでおかないと、海外を飛び回る仕事では結婚はなかなか難しいだろうなあ。それこそ、見合いでもしない限り相手を見つける時間もままならないほどだ」

 だめだと思いつつ、つい盗み聞いてしまう。

「お前もよく頼まれていたよな。誰かいい人はいないかって。なんせお前は人たらしで、やたら顔が広かったからな」

「褒められているのか、貶されているのか」

「褒めているに決まってるだろ」

 笑い合うふたりに、気を取り直して再びノックをしようとわずかに手を引き上げる。
 けれど次に聞こえた父の言葉に、そのまま固まってしまった。

「結婚も、出世の条件みたいなところがあるしな」

 ため息交じりに、父がこぼす。

「まあな。適齢期を過ぎても独り身でいれば、いくら優秀なやつでも人間的になにか問題があるのかと、嫌な捉え方をされかねないのも否定しない」

 そう言えば千隼さんは、私と結婚した頃に一等書記官に昇格したと聞いている。
 彼はキャリア組の順調な出世街道に乗っているらしく、『さすが高辻さんだ』と、店に来てくれた櫛田さんが称賛交じりに教えてくれた。

 外交官の出世について父に尋ねる機会もなく、詳しくはわからない。
 櫛田さんが言っていた通り、千隼さんの昇格はごく当たり前のものだったと捉えていいのだろうか。
 こんな会話を聞いてしまえば、どうしてもそのタイミングが気になってしまう。

 持ち上げたままになっていた手を、そっと脇に降ろす。
 室内からはまだ話し声が漏れ聞こえていたが、うろたえる私の耳にはもう届かなかった。
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