愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
 午後になり、紅葉亭へ出向く。
 外に出た途端に不快な暑さに包まれて、思わず顔をしかめた。

「ああ、小春か」

 声をかけながら裏口から入ると、父が私に気づいた。その表情は普段通りにこやかで、昨夜、義父と交わした会話など微塵も感じさせない。

「私、伝票の整理があるから、裏にいるね」

「ああ、頼んだ」

 逃げるようにして、裏の事務室にこもる。
 簡単に終わるはずの仕事にもかかわらず、集中力が続かなくていつもより時間がかかってしまった。
 それから店内に戻り、父が休憩している合間に千隼さんに出すおかずを一品用意してしばらくすると、開店の時間を迎えた。

「ああ、生き返る涼しさだ。この暑さはたまんないねぇ」

 開店時間を迎えて少しすると、なじみの客がやってきた。
 うんざりした彼の額には、大粒の汗が浮かんでいる。

 店内は、涼を求めてやってきた客で徐々に埋まっていく。
 忙しくしていれば、ぼんやりと考え事をする暇もない。こんな時ばかりは、仕事を続けていてよかったと思う。

 もし、マンションでひとり彼の帰りを待っていたら、よくないことばかり考えて気分はさらに沈んでいただろう。

「いらっしゃいま……せ」

 そうして二十時半を過ぎた頃、千隼さんが店に顔を出した。
 迎え入れる声をかけたが、その背後に立つ数人に気がついて戸惑う。

「すまない、小春。部下らがついてきてしまった」

 彼の後から櫛田さんが続き、それから初めて来てくれた男性が入ってくる。
 さらにその後ろか顔を見せたのは、山科さんだった。
 彼女はチラリと私に視線を向けたが、まるで興味などまったくないとでもいうようにすぐに逸らした。
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