愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
 帰宅して、ようやくひと息つく。
 慣れない和装に相当気を張っていたようで、体の節々がすっかり強張っていた。

「お疲れさま、小春」

 気が緩んであくびが漏れそうになり、慌てて奥歯を噛みしめる。

「ココアの方がよかったかな?」

 眠気は隠し通せたと思ったけれど、潤んだ瞳はごまかせなかったようだ。
 差し出されたマグカップを受け取ると、芳ばしいコーヒーの香りが鼻をくすぐった。

「ううん。ありがとう」

 隣に腰を下ろした千隼さんに、笑みを返す。
 そっとひと口含めば、ほのかな甘みにほっとした。

 大役からは解放されたものの、彼とはまだ話すことがたくさんある。
 楽しい話でないとわかっているから気は重いが、彼とちゃんと向き合いたい。

「千隼さん。あの、王女殿下は……」

 まずは、一番の懸念事項を切りだした。
 個人的ないざこざならともかく、さすがに国が主催する場での招待客への非礼は許されない。

 会場ではバタバタして確認できなかったが、とりあえず表立って問題が起きているようには見えなかった。
 けれど自分が知らないだけでクレームが入っているかもしれず、怖くて仕方がない。

「ん? 問題ないって言っただろ」

「でも……」

 いくらそう言われても、あの場に千隼さんは居合わせていなかった。彼がそう言ってくれるのは、慰めにすぎないかもしれない。

「あの方は、分け隔てなく気さくに振る舞われる。あちらから意見を求められて、それに答えただけなのに、問題になるはずがない」

「本当に?」

「ああ、大丈夫だ。たくさんの人と話せて有意義だったと、満足して辞去されたと聞いている。クレームはいっさい言われていない」

 あからさまに安堵する私に、千隼さんが苦笑する。

「そもそも、小春は相手を不快にさせるような物言いをするような人じゃない。それは俺が一番よくわかっている。言動に不安があったら、あの場でひとりにするわけがないだろ?」

〝挨拶さえすれば、あとは隣にいるだけでいい〟
 千隼さんにそう言われたのではないかと山科さんに言い当てられて、すごく悔しかった。

 けれど彼の真意はそうではなかったと、千隼さんが明かしてくれる。

「用件が済んだらすぐに戻るつもりだったが、何人かに囲まれてしまって」

 心細かったよなと彼は言うけれど、裏を返せば私を信頼してくれたからこその判断だ。すぐに戻れなかった理由もわかってほっとする。
< 144 / 154 >

この作品をシェア

pagetop