愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
「……山科だが」

 千隼さんが重々しい口調で切り出した。
 その名前を聞いてピクリと肩を強張らせると、宥めるように私の手を握ってくれる。

「小春に嫌な思いをさせてしまって、本当にすまなかった。彼女の気持ちに気づいていなかったなど、言いわけにもならない。邪魔をしない相手ならとどうでもいいと、山科を放置し続けてきた俺が悪い」

 それから千隼さんは、学生時代からの話を聞かせてくれた。

「俺を名前で呼ぶのも、同じ苗字の友人と間違わないようにと言われて、好きにさせてしまった。今思えば、その友人の存在も定かではない。呼び方を区別するわりに、俺はその人物を見たことがないしな」

 たしかに山科さんの言うその友人が、千隼さんとも近い関係にあるからこそ呼び間違えないようにするのならわかる。
 でも彼が知らないと言うのなら、なんだかしっくりこない理由だ。

「山科からは、実際に恋愛感情を示されることもなく……まあ、俺が気づかなかっただけかもしれないが。あくまで、先輩として慕ってくれていたと思い込んでいた」

 告白して断られるくらいなら、親を通して政略結婚に持ち込んだ方がいい。
 普段の彼女からは想像もつかない弱い一面だが、自分に置き換えてもきっと同じように恐れてしまっただろうと想像がつく。

「見合いの話を断った後も、彼女自身が俺になにかを言ってはこなかった。それも今思えば、面と向かって断られないための逃げだったのかもしれないな」

 親を通してのお断りなら、千隼さん本人に断られたわけではない。
 そうでなくても、恋愛感情を挟んだ話でないのならフラれたのとも違う。
 こじつけにすぎないけれど、そう考えたくなる気持ちはわからなくもなかった。

 おまけに縁談の話があった以降も、千隼さんは彼女に対して態度を変えていなかったようだ。それは彼に女性として拒否されたわけではないと、山科さんが捉えていた可能性もある。

 義父の言っていた通り、多忙のため長く交際相手がいなかったと本人も教えてくれる。
 山科さんはずっと彼の近くにいたのだから、それも気づいていたに違いない。
 だからこそ彼女は、お見合いを断られても次のタイミングを狙えばいいと構えていたのかもしれない。
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