愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
 今夜はたまたま仕事が早く終わった者同士、久しぶりに足を運んでくれたらしい。

「小春さんは、高辻さんとベルギーに行ったんじゃなかったですか? たしか、帯同するって」

 櫛田さんの問いかけに、少しだけ気まずくなる。

「それが、ちょっと事情がありまして……」

 後ろめたさがあり、歯切れが悪くなる。

 結婚したばかりの妻が、海外勤務の夫を放って国内にとどまっているなど外聞がよくなかっただろうか。しかも家業を手伝っているなど、詳しい事情を知らない彼らからしたらあまり好意的には見えないかもしれない。
 もしかして千隼さんの評判に傷をつけかねないかと、心配になる。

「山科さんも、どうぞ」

「ありがとう」

 おしぼりを差し出すと、彼女は綺麗な笑みを浮かべながら受け取ってくれた。たったそれだけの仕草が上品で、育ちの良さがうかがえる。

「なにか、あったんですか?」

 言葉を濁した私に、山科さんがさらに尋ねてきた。

 下手に事実を隠せば、千隼さんの職場内でいらぬ憶測を呼んでしまいかねない。
 チラリと祖父を見やれば、向こうも一瞬だけ私に視線を向けてきた。なにも言葉にはしなかったが、私と同じように考えたのだろうと受け取る。

 もともと、父を気にかけてくれていた常連客には大まかに説明をしていた。
 とくに隠しているわけでもないからと、ふたりにも事情を打ち明ける。

「私の父が、交通事故に遭ってしまったんです。うちは母がいないので、すべてを祖父ひとりに任せるのも心配で。夫も実家の手伝いをしてあげるべきだと後押してくれたので、私だけ一時的に帰国したんです」

 事情を知り、ふたりそろって表情を曇らせた。
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