愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
 紅葉亭が活気を取り戻すと同時に、私たち家族にも心の余裕が生まれる。
 高齢だと心配していた祖父も案外楽しんでいるようで、自ら営業時間を以前のものに戻すと決めた。
 手伝いに来てくれている料理人の岡本さんに、持てる知識を惜しみなく与える。ときには熱が入りすぎて、ふたり共時間を忘れてしまうほどだ。

「時間です。そろそろ開けますね」

 今夜もなにやら没頭していたふたりに、開店時間を告げる。

「いらっしゃいませ」

 しばらくして、ひとり目の客が入ってきた。

「お、新しいメニューが加わっているね。とりあえず、それと……酒はなににしようかな」

 常連客がオーダーしたのは、ふきと牛肉を甘辛く炒めたものだ。
 ふきの旬は春だが、知り合いの農家がハウス栽培をはじめ、収穫できたものを使ってみてほしいと声をかけてくれた。
 それを聞いた父が早速レシピ開発に取り掛かり、祖父の手も借りながら完成させたメニューになる。

「お料理が濃い味付けなので、純米酒なんかと相性がいいと思いますよ」

「さすが小春ちゃん。詳しいねえ」

 紅葉亭の店員として、日本酒の知識はそれなりにある。
 祖父はお酒をたくさん飲む方ではないが、珍しい銘柄に目がない人だ。旅先でよさそうなお酒を見つけると必ず購入してくるため、種類は豊富にそろっている。

「好き好きですけど、かぐや姫とか神亀なんかが合うかもしれませんね。ああ、少し前に大将が仕入れてきた常きげんというお酒もありますよ。コクがあって、この料理にも合うと思います」

 チラッと祖父に視線を向けると、目線は手もとにあるものの小さくうなずいていた。
 もし私の選択が間違っていれば、それとなくフォローを入れてくれるのだが、この様子だとお薦めしたお酒は間違っていなかったようだ。

「常きげんは、まだ飲んだことがないなあ。じゃあ、それを試してみるよ」

「ありがとうございます――いらっしゃいませ」

 入口の戸が開く音に反応して、顔を上げる。
 姿を見せたのは、山科さんだった。今夜は早く仕事が片づき、せっかくだからと立ち寄ってくれたらしい。
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