愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
「いらっしゃいませ――あっ、千隼さん」

 さっと時計に視線を走らせると、すでに二十一時を回っていた。

「こんばんは」

「お、旦那さまのおでましだな」

 彼の登場に、居合わせた常連客がはやし立てる。

「お仕事お疲れさま。ここに座ってね」

 目立たない端の席に案内する。
 私が紅葉亭で働いている日は、時間が合えば千隼さんも仕事帰りに立ち寄ってくれる。ここで食事を済ませて一緒に帰ろうと提案してくれたのは、彼の方だった。

 とはいえ、妻の立場で外食ばかりになるのは申し訳ない。せめてもと、事前に私がつくっておいた一品も出すようにしている。

「ほかの人には内緒ね」

 というのは表向きの対応だ。常連客は私たちの結婚を知っているため、こそこそしたやりとりを生暖かい目で見てくる。

 もちろん千隼さんも、これが公然の秘密だとわかっている。
 それにもかかわらず、こうして料理を差し出すたびに、彼は心底幸せそうな顔をしてくれる。彼には明かしていないが、私が一番好きな表情だ。

「ありがとう。いただきます」

 残りの仕事はほかの人に任せて、素早く帰宅の準備をする。
 私服に着替えて千隼さんの隣に座り、私も軽く食事をとった。
< 98 / 154 >

この作品をシェア

pagetop