Stayhere! 上司は××××で御曹司
編集長が苦笑しながら言うと、山之内は、にっこり微笑んだ。
「いえいえ。人見知りっすよ。ただ、「rock:of」さんは、ずっと読んできたから、なんだか葉山編集長とも初めて会った気がしなくて。こう言っては何ですが、私、「rock:of」さんのライターさん達の名前、ちゃんと覚えてるんですよ。葉山編集長の編集後記まで、しっかり読んでますから」
「わかります。私も、そうでした」
ななみが言うと、そうですよねー、と場が盛り上がった。それはそれは、と編集長もにこやかに笑った。連載のテーマや、第一回目のお題、ギャラの話など一通り終わってから、編集長は、二杯目のコーヒーを買いに行った。ななみと山之内で盛り上がっておけ、と暗に言われている気がした。
ななみが山之内のイラストの好きなところを言おうとした時だった。
山之内がじっとななみをみつめた。
「急に言うとうさんくさがられるんですけど」
山之内は微妙に、言うのをためらっていたが、続けて言った。
「私、見えるんですよね。オーラとか、そういうの」
ななみは、思いがけない言葉が降ってきて、驚いた。
「なんか、お二人、いい感じですね。思い合ってるのが、わかりますよ。あ、他言はしませんから安心してください」
はっと、ななみの顔が赤くなった。
「あんまりこういうことってないから。つい言っちゃいました」
ほがからかに、山之内は笑った。ななみはどんな顔をしたらいいのかわからなかった。
ただ、編集長が私を想ってるなんてあるんだろうか…と胸の内で呟かずにはいられなかった。
駅前まで山之内を送って、別れた。辺りはもうすっかり夜になっていた。街灯の連なる通りを歩いて行く。
「少し、飲まないか」
黙って編集長の横に並んでいたらそう言われた。ななみは、少し迷ったが、はい、と返事をした。
逃げてばかりじゃ、何も進まない。そう自分に言い聞かせた。
編集長が連れて行ってくれたのは、「reef」とはまた違った感じのバーだった。こげ茶色のどっしりしたソファとローテーブル。照明は仄明るいオレンジだった。ソファに座ると、ほっとするものがあった。
編集長は、ジントニックを頼み、ななみはカルアミルクにした。甘いものが飲みたかった。
お酒がテーブルに用意されると、編集長が言った。
「お前、ここのところ、俺を避けていただろう」
ずばっと核心を突かれて、ななみはカルアミルクをこぼしそうになる。慌てて、そっとグラスをテーブルに置いた。覚悟を決めて、言った。
「はい。…避けて、ました」
「どうして。俺は火事騒ぎでお前を助けた。別に悪いことはしてないだろう」
「はい。感謝しています。編集長が来てくれなかったら、私、あそこに長いこと閉じ込められていたと思います」
うん、と編集長が頷く。
「でも、編集長がソウだなんて、ほんと、信じられなくて。ただただびっくりして…でもずっと会いたかった、叶うことなら喋ってみたかったソウと会えて、嬉しくて、涙が出ました」
ここまで言って、ななみは、手をぎゅっと握りしめた。
逃げちゃだめ。ちゃんときかなきゃ。
「そしたら、編集長からキスをされて。ものすごく、びっくりしました。逆に、私は訊きたいんです。編集長は、女の子が泣いてたらキスしちゃうんですか?自分のファンだから、ちょっとキスしたら喜ぶと思ったんですか?ちょっと頭を撫でるくらいの、軽い気持ちなんですか?私、男性とちゃんと付き合ったことがないから、そんなこともわからなくて」
ななみは、そこまで言うと、ぐっとカルアミルクを飲んだ。
「でも、私が知っている編集長は、そんな人じゃないんです。少なくとも、私はそう思ってました。不器用で照れ屋で、女の子扱いとかもなくて。でも、だからこそ、信じられる…編集長の仕事に対する姿勢とか、実は優しいところとか、知っていって…」
ななみは、目を伏せた。心臓がばくばく言っている。勇気、出さなきゃ。
「編集長のことが、好きになっていたんです」
「北条」
「身分不相応なのはわかってます。だから、ちゃんと言ってください。あのキスには大した意味はないって、そうしたら、私もう、編集長を避けずに仕事を」
「北条!」
一気にまくしたてるななみを、編集長が遮って言った。語気が荒い。
ななみは、ドキドキしながら、顔をあげて、編集長を見た。
編集長は、困った顔をしていた。
あ、やっぱりふられるんだ…当たり前の事なのに、じわりと涙が目に滲みそうになる。
ふうっ、と編集長は、息を吐いた。そして、静かに視線をななみに合わせた。
「あのな、北条。俺は、好きでもない女にキスなんかしないよ」
言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
「とは言っても、部下だからな、理性的には、可愛がるだけにしとこうって決めてたんだ。俺がソウであることも、隠しておきたかったし」
ななみは、編集長を見つめた。
「ただ。あの火事が起きた時、ステージからお前のことが見えてたからな。ちゃんと逃げれたか気になってた。そしたら変なとこに入りこんだから肝が冷えてな。ものすごく動揺して…俺はやっと気づいた。北条ななみが好きなんだってな」
ななみは、喉がカラカラになっていた。でも、飲み物を飲む事も思いつかない。
呆然と、照れくさそうに告白する編集長を見ていた。
「あー、くそ。言わされたなー。お前の勝ちだよ、北条。ストレートに告白されたから、こっちも正直になるしかなかった。お前の素直さが、俺を動かしたんだ」
ななみの目から、ぽろり、と涙が出た。
「編集長が私を好き、なんてあり得ないと思ってた…」
半泣きになりながら、言葉を紡ぐ。
「何でだよ。…バレバレじゃなかったか?」
「あれの、どこが?!」
はたかれたり、小突かれたり、ダメ出しされたり。今までの、編集長のななみへの対応は、とても好きな女子にするものとは思えなかった。
「編集長、不器用すぎです。小学生レベル」
泣きながら、おかしくなってきて、ななみは涙を流しながら、笑った。
「まあな。大人びた奴がロッカーなんてやんねえよ。小学生で結構だ。好きな女がいたら、口説きたい。ただそれだけだよ」
そうして、ほい、とハンカチを差し出された。水色のハンカチで、洗濯された匂いがした。ななみは、ありがとうございます、と言って受け取った。なんとか涙をふいて、気持ちを落ち着かせる。
「あの、そういえばラブラブな彼女の話はどうなるんですか?」
「は?前も、言ってたな、それ」
「編集長が、校了明けにダッシュで帰るんで、編集部の皆の間では、ラブラブの彼女がいるんだろうって話になってて」
「それ違う。ダッシュで帰るのは、バンドの練習したいからだ」
「え?」
「校了前は、深夜まで編集部にいるだろ。バンドの練習が全然できん。バンドは生き物だからな、ちゃんと定期的にスタジオ入りしてないと、どんどんバンドのグルーヴみたいなのが下がるんだよ。だから、校了明けたら速攻で、スタジオ入りして、練習だ」
「そうだったんですか…」
あまりにも自分が想像していたことと、違うので、驚かされた。
編集長は、がりがりと頭をかいた。
「でも、あれだ。その職場では、特別扱いはできないからな。今まで以上に厳しくいくぞ。覚悟しておけ」
「はい」
「じゃあ、改めて言う。北条ななみ、俺とつきあえ」
ぷっとななみは吹き出した。
「何だよ」
「命令口調ですね」
「いいじゃないか。だってお前、俺のこと、好きなんだろ?」
ぶっきらぼうに言う、その様が編集長らしかった。ななみは笑顔で言った。
「はい。編集長の彼女にしてください」
編集長はジントニックをあおり、酒が美味いな、と呟いた。
「あー。やっぱり、仕事ばかりしてると、なんか華やぎがほしくなるわねえ」
お昼休み。隣の席のこずえが言った。お昼ご飯を休憩室で取る人もいるが、大半は自分のデスクの上で食事をすませることが多い。ななみも、こずえもそうだ。なので、大抵、お昼はこずえとしゃべりながらとることになる。
ななみは、コンビニのサンドイッチで、こずえは近所のお弁当屋さんのヘルシー弁当だった。
「華やぎ、ですか」
うん、そう。と、こずえは大きく頷いた。
「こんなに、毎日机の前に座って、文章書いてるわけでしょ。自分でも、地味なことやってるなあって思うの」
ななみは、自分がやろうとしてる仕事が地味かどうかわからなかった。とにかく、雑用をこなし、「魔王のシロ」が来ないよう、せっせとすき間時間に原稿を書くので精一杯だ。
「でも、こずえさん、忙しい時でも、綺麗にされてますよね。いつも服も髪の毛もちゃんとしてて、すごいなって思ってます」
こずえは、社内でも1,2を争う美人なのだ。シンプルな服装をしているけれど、それがよく似合っていて、抜きんでて美しい。
「うーん。でも、女子アナには負けるかな」
「はあ」
「美人女子アナと、野球選手の結婚はアリだけど、美人記者とミュージシャンの結婚ってないじゃない」
ぐっと後半に力を入れて、こずえは言った。いつもは優しい先輩のこずえだか、恋愛とか結婚が絡むと微妙にダークになる。
ななみは密かにドキッとしていた。私、ミュージシャンと付き合ってます…。
「しかも。ふだん、ミュージシャンを生で見ちゃったり、ミュージシャンの言葉なんかをびしばし受け取ってるわけでしょう。なんか魅力的なのが当たり前になってきて、普通の一般人男性と会った時、あからさまに『違う…』って思っちゃうのよねえ」
なるほど、とななみは頷いた。今まで、男性としっかりつきあったことがなかったし、合コンなんか、仕事に精一杯で、行く暇もなかった。なので、こずえの言うことに、同意はできないけれど、そういうこともあるだろうな、とは思う。
「こずえさんの方から好き、ってなることないですか?」
自然にわいてきた疑問をきいてみる。
「ない、かな。逆はあるけど」
「そうですよね。引く手あまただろうと思います」
「そこまでは、ないけど…時々、この人が好き!って激情に振り回されたいとか思うわ。実際は、めんどくさいだろうけど。だから、ちょうどいい華やぎ、が欲しいわけ」
華やぎ、と言われてもピンと来ないけれど、確かにななみは、編集長とつきあう前と今では、全然違っていた。
いつも編集長から見られていることをどこかしら意識しているし、仕事でいっぱいいっぱいになりながらも、おしゃれに、前以上、気をつかうようになった。
そんなふうに、ななみの編集長への気持ちはたかまっているのに、最大の問題点は、なかなか編集長と逢うことができないことだ。
編集長の仕事は、いつでも忙しく、深夜まで残業もザラだった。そして、仕事が早めに片付いた時は、編集長はキングの練習に行った。相棒のジョーと、週二回は必ず練習するのがキングのルールなんだそうだ。そうなると、ななみとデートする時間は、取れなかった。
ただ、ななみは、毎日、編集長の顔を見られるだけでも嬉しかった。深夜のラインで話し合って、今まで通り編集部で、音楽の話くらいはしよう、という事になっていた。だから、あの曲いいですね、なんて話もできる。
「いえいえ。人見知りっすよ。ただ、「rock:of」さんは、ずっと読んできたから、なんだか葉山編集長とも初めて会った気がしなくて。こう言っては何ですが、私、「rock:of」さんのライターさん達の名前、ちゃんと覚えてるんですよ。葉山編集長の編集後記まで、しっかり読んでますから」
「わかります。私も、そうでした」
ななみが言うと、そうですよねー、と場が盛り上がった。それはそれは、と編集長もにこやかに笑った。連載のテーマや、第一回目のお題、ギャラの話など一通り終わってから、編集長は、二杯目のコーヒーを買いに行った。ななみと山之内で盛り上がっておけ、と暗に言われている気がした。
ななみが山之内のイラストの好きなところを言おうとした時だった。
山之内がじっとななみをみつめた。
「急に言うとうさんくさがられるんですけど」
山之内は微妙に、言うのをためらっていたが、続けて言った。
「私、見えるんですよね。オーラとか、そういうの」
ななみは、思いがけない言葉が降ってきて、驚いた。
「なんか、お二人、いい感じですね。思い合ってるのが、わかりますよ。あ、他言はしませんから安心してください」
はっと、ななみの顔が赤くなった。
「あんまりこういうことってないから。つい言っちゃいました」
ほがからかに、山之内は笑った。ななみはどんな顔をしたらいいのかわからなかった。
ただ、編集長が私を想ってるなんてあるんだろうか…と胸の内で呟かずにはいられなかった。
駅前まで山之内を送って、別れた。辺りはもうすっかり夜になっていた。街灯の連なる通りを歩いて行く。
「少し、飲まないか」
黙って編集長の横に並んでいたらそう言われた。ななみは、少し迷ったが、はい、と返事をした。
逃げてばかりじゃ、何も進まない。そう自分に言い聞かせた。
編集長が連れて行ってくれたのは、「reef」とはまた違った感じのバーだった。こげ茶色のどっしりしたソファとローテーブル。照明は仄明るいオレンジだった。ソファに座ると、ほっとするものがあった。
編集長は、ジントニックを頼み、ななみはカルアミルクにした。甘いものが飲みたかった。
お酒がテーブルに用意されると、編集長が言った。
「お前、ここのところ、俺を避けていただろう」
ずばっと核心を突かれて、ななみはカルアミルクをこぼしそうになる。慌てて、そっとグラスをテーブルに置いた。覚悟を決めて、言った。
「はい。…避けて、ました」
「どうして。俺は火事騒ぎでお前を助けた。別に悪いことはしてないだろう」
「はい。感謝しています。編集長が来てくれなかったら、私、あそこに長いこと閉じ込められていたと思います」
うん、と編集長が頷く。
「でも、編集長がソウだなんて、ほんと、信じられなくて。ただただびっくりして…でもずっと会いたかった、叶うことなら喋ってみたかったソウと会えて、嬉しくて、涙が出ました」
ここまで言って、ななみは、手をぎゅっと握りしめた。
逃げちゃだめ。ちゃんときかなきゃ。
「そしたら、編集長からキスをされて。ものすごく、びっくりしました。逆に、私は訊きたいんです。編集長は、女の子が泣いてたらキスしちゃうんですか?自分のファンだから、ちょっとキスしたら喜ぶと思ったんですか?ちょっと頭を撫でるくらいの、軽い気持ちなんですか?私、男性とちゃんと付き合ったことがないから、そんなこともわからなくて」
ななみは、そこまで言うと、ぐっとカルアミルクを飲んだ。
「でも、私が知っている編集長は、そんな人じゃないんです。少なくとも、私はそう思ってました。不器用で照れ屋で、女の子扱いとかもなくて。でも、だからこそ、信じられる…編集長の仕事に対する姿勢とか、実は優しいところとか、知っていって…」
ななみは、目を伏せた。心臓がばくばく言っている。勇気、出さなきゃ。
「編集長のことが、好きになっていたんです」
「北条」
「身分不相応なのはわかってます。だから、ちゃんと言ってください。あのキスには大した意味はないって、そうしたら、私もう、編集長を避けずに仕事を」
「北条!」
一気にまくしたてるななみを、編集長が遮って言った。語気が荒い。
ななみは、ドキドキしながら、顔をあげて、編集長を見た。
編集長は、困った顔をしていた。
あ、やっぱりふられるんだ…当たり前の事なのに、じわりと涙が目に滲みそうになる。
ふうっ、と編集長は、息を吐いた。そして、静かに視線をななみに合わせた。
「あのな、北条。俺は、好きでもない女にキスなんかしないよ」
言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
「とは言っても、部下だからな、理性的には、可愛がるだけにしとこうって決めてたんだ。俺がソウであることも、隠しておきたかったし」
ななみは、編集長を見つめた。
「ただ。あの火事が起きた時、ステージからお前のことが見えてたからな。ちゃんと逃げれたか気になってた。そしたら変なとこに入りこんだから肝が冷えてな。ものすごく動揺して…俺はやっと気づいた。北条ななみが好きなんだってな」
ななみは、喉がカラカラになっていた。でも、飲み物を飲む事も思いつかない。
呆然と、照れくさそうに告白する編集長を見ていた。
「あー、くそ。言わされたなー。お前の勝ちだよ、北条。ストレートに告白されたから、こっちも正直になるしかなかった。お前の素直さが、俺を動かしたんだ」
ななみの目から、ぽろり、と涙が出た。
「編集長が私を好き、なんてあり得ないと思ってた…」
半泣きになりながら、言葉を紡ぐ。
「何でだよ。…バレバレじゃなかったか?」
「あれの、どこが?!」
はたかれたり、小突かれたり、ダメ出しされたり。今までの、編集長のななみへの対応は、とても好きな女子にするものとは思えなかった。
「編集長、不器用すぎです。小学生レベル」
泣きながら、おかしくなってきて、ななみは涙を流しながら、笑った。
「まあな。大人びた奴がロッカーなんてやんねえよ。小学生で結構だ。好きな女がいたら、口説きたい。ただそれだけだよ」
そうして、ほい、とハンカチを差し出された。水色のハンカチで、洗濯された匂いがした。ななみは、ありがとうございます、と言って受け取った。なんとか涙をふいて、気持ちを落ち着かせる。
「あの、そういえばラブラブな彼女の話はどうなるんですか?」
「は?前も、言ってたな、それ」
「編集長が、校了明けにダッシュで帰るんで、編集部の皆の間では、ラブラブの彼女がいるんだろうって話になってて」
「それ違う。ダッシュで帰るのは、バンドの練習したいからだ」
「え?」
「校了前は、深夜まで編集部にいるだろ。バンドの練習が全然できん。バンドは生き物だからな、ちゃんと定期的にスタジオ入りしてないと、どんどんバンドのグルーヴみたいなのが下がるんだよ。だから、校了明けたら速攻で、スタジオ入りして、練習だ」
「そうだったんですか…」
あまりにも自分が想像していたことと、違うので、驚かされた。
編集長は、がりがりと頭をかいた。
「でも、あれだ。その職場では、特別扱いはできないからな。今まで以上に厳しくいくぞ。覚悟しておけ」
「はい」
「じゃあ、改めて言う。北条ななみ、俺とつきあえ」
ぷっとななみは吹き出した。
「何だよ」
「命令口調ですね」
「いいじゃないか。だってお前、俺のこと、好きなんだろ?」
ぶっきらぼうに言う、その様が編集長らしかった。ななみは笑顔で言った。
「はい。編集長の彼女にしてください」
編集長はジントニックをあおり、酒が美味いな、と呟いた。
「あー。やっぱり、仕事ばかりしてると、なんか華やぎがほしくなるわねえ」
お昼休み。隣の席のこずえが言った。お昼ご飯を休憩室で取る人もいるが、大半は自分のデスクの上で食事をすませることが多い。ななみも、こずえもそうだ。なので、大抵、お昼はこずえとしゃべりながらとることになる。
ななみは、コンビニのサンドイッチで、こずえは近所のお弁当屋さんのヘルシー弁当だった。
「華やぎ、ですか」
うん、そう。と、こずえは大きく頷いた。
「こんなに、毎日机の前に座って、文章書いてるわけでしょ。自分でも、地味なことやってるなあって思うの」
ななみは、自分がやろうとしてる仕事が地味かどうかわからなかった。とにかく、雑用をこなし、「魔王のシロ」が来ないよう、せっせとすき間時間に原稿を書くので精一杯だ。
「でも、こずえさん、忙しい時でも、綺麗にされてますよね。いつも服も髪の毛もちゃんとしてて、すごいなって思ってます」
こずえは、社内でも1,2を争う美人なのだ。シンプルな服装をしているけれど、それがよく似合っていて、抜きんでて美しい。
「うーん。でも、女子アナには負けるかな」
「はあ」
「美人女子アナと、野球選手の結婚はアリだけど、美人記者とミュージシャンの結婚ってないじゃない」
ぐっと後半に力を入れて、こずえは言った。いつもは優しい先輩のこずえだか、恋愛とか結婚が絡むと微妙にダークになる。
ななみは密かにドキッとしていた。私、ミュージシャンと付き合ってます…。
「しかも。ふだん、ミュージシャンを生で見ちゃったり、ミュージシャンの言葉なんかをびしばし受け取ってるわけでしょう。なんか魅力的なのが当たり前になってきて、普通の一般人男性と会った時、あからさまに『違う…』って思っちゃうのよねえ」
なるほど、とななみは頷いた。今まで、男性としっかりつきあったことがなかったし、合コンなんか、仕事に精一杯で、行く暇もなかった。なので、こずえの言うことに、同意はできないけれど、そういうこともあるだろうな、とは思う。
「こずえさんの方から好き、ってなることないですか?」
自然にわいてきた疑問をきいてみる。
「ない、かな。逆はあるけど」
「そうですよね。引く手あまただろうと思います」
「そこまでは、ないけど…時々、この人が好き!って激情に振り回されたいとか思うわ。実際は、めんどくさいだろうけど。だから、ちょうどいい華やぎ、が欲しいわけ」
華やぎ、と言われてもピンと来ないけれど、確かにななみは、編集長とつきあう前と今では、全然違っていた。
いつも編集長から見られていることをどこかしら意識しているし、仕事でいっぱいいっぱいになりながらも、おしゃれに、前以上、気をつかうようになった。
そんなふうに、ななみの編集長への気持ちはたかまっているのに、最大の問題点は、なかなか編集長と逢うことができないことだ。
編集長の仕事は、いつでも忙しく、深夜まで残業もザラだった。そして、仕事が早めに片付いた時は、編集長はキングの練習に行った。相棒のジョーと、週二回は必ず練習するのがキングのルールなんだそうだ。そうなると、ななみとデートする時間は、取れなかった。
ただ、ななみは、毎日、編集長の顔を見られるだけでも嬉しかった。深夜のラインで話し合って、今まで通り編集部で、音楽の話くらいはしよう、という事になっていた。だから、あの曲いいですね、なんて話もできる。