Stayhere! 上司は××××で御曹司
 もちろん、告白する前と同じように、「編集長にこう言ったら、なんて言うかな」「こんな話、興味あるかな」などなど、話してみたいことはたまっていった。心に全てとどめて記憶するのは無理なので、小さな手帳に、一つずつ書き留めていった。
 そして、そんな彼氏の編集長がソウなのだ、と思うと、もう胸がいっぱいになって、他に何もいらなくなってしまう。地に足がついていない、とはまさにこのことだ、と思った。
 ソウに対する質問も、たくさんあったのだが、まだそこには切り込めないでいる。キングがマスクをしている理由。編集長が自分がソウである事を隠している理由。きっと深い話がいろいろあるはずだ。
 ななみは、自分からは訊かないでおこう、と決めた。
 編集長が自分の事を好いてくれている。それだけで充分だった。
 きっと機会があれば、話してくれるはず。そう、自分に言い聞かせた。

「つきあい始めたって言ってもさあ、まだデートもしてないじゃん、あんたと編集長」
 バーのカウンターでグラスを拭きながら、かよが言った。その言葉に、ななみはドキッとする。
「ま、まあね。だって編集長、忙しいし」
「忙しいって言ったって、限度があるでしょ。彼女を放っておくってどういうこと、って私だったら詰め寄っちゃうなあ」
「うーん、編集部で夜、昼ないくらい働いてるの見てるから、そういう気持ちにはならないんだよね。それより、寝食をどうしてるかの方が心配。寝ない、食べないじゃ身体壊すよね」
「じゃあ、合鍵もらえばいいじゃない。ななみが、編集長の部屋に行って、料理の作り置きとかしてあげたら。彼女の手料理なら、喜んで食べるんじゃない」
「合鍵…まだ遠いよ。編集長にも、デートもしたことないのに、『合鍵渡してください』なんて、言えないしさ…」
「まあ、あんたの性格上、そうかもねえ」
 かよはきゅっと磨いたグラスを棚に置いた。
「でもさあ、やっぱ、デートお預け、はきついよ。つきあい始めは特に、お互いのことが知りたいのにさ。あんただって、もっとプライベートの編集長の顔を知りたいでしょ」
「そりゃあ…でも、ラインなんかはしてるよ。他愛ない話が多いけど。今まで、そんなことなかったから、それだけでも嬉しいかな…」
「うーん。そんなにデートできない彼氏、私だったら、続かないかも。ななみは、キングのソウのことといい、編集長のことといい、相手に求めすぎないんだね。ある意味、美徳かもね」
「美徳…そうだと、いいけど」
「恋をすると欲張りになるじゃない。彼氏のあれこれ知りたくなって。悪いパターンは、彼氏のスマホ見ちゃう、みたいなことだけど。ま、ななみはそんなこと、しないか」
 数人のお客さんが入ってきた。忙しくなりそう、とななみとかよはおしゃべりをいったん止めた。
 週末なせいで、客が多い夜となった。なんとか
仕事を終えて、スマホをチェックすると、編集長からラインが来ていた。
『明日、逢えないか。連れて行きたいところがある』
 連れていきたいところ?
 ななみはそれがどこだか、全く予想がつかず、わからないまま、待ち合わせ場所を尋ねるラインを送った。

 編集長と出かける、となったら、行く先がわからなくても、やっぱりデートだ。
 昨日、待ち合わせ場所と時間が決まってから、長いこと、鏡の前で服をとっかえひっかえした。編集長の好みなんかわからないし、デートっぽい服、というのもわからない。バイト明けで疲れているかよに拝み倒して、服選びを手伝ってもらった。
 翌日の午前十時。これから、待ち合わせ場所に赴く。
「かよちゃん、おかしくないかな、私」
 玄関の小さな鏡で自分を見直しながら、ななみが言った。
「大丈夫だって。その服が、一番、マシに見えるよ」
 かよはさっき起きたばかりで、寝ぼけ眼で言った。
「そ、そう?」
 ななみは、改めて鏡に映った自分を見た。
 髪の毛をふんわりまとめて、ミントグリーンのワンピースを着ていた。自分でも気に入っている服なので、安心と言えば安心だ。でも、編集長がどう思うか、など考えると途端に弱気になる。
「うん。ななみ、色白いから、よく似合う」
 にこにこしながらかよが言う。かよには、編集長と付き合う事になったことを言ってある。
 もちろん、編集長がソウであることは言っていない。それでも恋愛初心者のななみには、かよのフォローが必要だった。かねてから、ななみに彼氏を作ることをすすめていたかよだったので、ななみと編集長のことは喜んでくれた。その代わり、外泊する時は、きちんと連絡いれてね、と念を押された。かよ自身、智也のところに泊る時は、きちんとラインを入れてくる。シェアハウスのルールという事もあるが、かよは子供の頃からななみを猫かわいがりしていたので、どこで何をしているか把握していないと、心配してしまうのだ。
「じゃあ…行って、くる」
 これからデートなんだ、という気恥ずかしさで、かよを上目遣いで見る。
 かよは、くすっと笑った。
「大丈夫だって!ちゃんと編集長がリードしてくれるよ。安心して、行ってきなよ」
「うん」
 かよに手を振って別れて、桜井神社に急ぐ。近所なので、編集長のマンションまで行きましょうか、と提案したら、いや車を出すから桜井神社前で待ってろ、と言われた。
 神社の前で、どこに行くんだろう、とか粗相をしないようにしなきゃ、とか考えていたら、すっと目の前に黒のハリアーが止った。運転席の編集長から助手席に乗るように促され、ななみは車に乗った。車はすぐに発進した。
「待ったか?」
 編集長は、前を向いたまま、言った。
「いえ。さっき来たばかりです」
「ふうん。その服、いいな。いつもと違う」
「い、一張羅で」
 言いながら、嬉しかった。照れ屋で不器用な編集長が服を褒めてくれるとは予想していなかった。
「そっか。じゃあ、ちょっと寄り道すっかな」
 寄り道?
 ななみがきょとんとしていると、しばらくして、車が止った。はい、降りて、と言われた通りにすると、そこは一軒のブティックの前だった。ななみも知っているブランドで、20代のモデルはよくここの服を着て、雑誌に載っている。値段が高くて、いつもファストファッションのななみには、縁のない場所だ。
 編集長は、ずかずか店の中に入って行き、ななみは慌てて後を追う。
「と、いうわけで。北条の服をここで買う」
「は?」
「好きなの選べ。遠慮はするな」
「いや、でも、ここ、高いじゃないですか…」
 小声で、ななみがそう言うと、編集長は不思議そうな顔をした。
「そうか?じゃ、こっからここまで全部買う、とかやるか?」
 ななみは、真っ青になり、言った。
「自分で、選びます…」
「おう。俺が着てほしいのも着てみてくれな」
 編集長の声が弾んでいる。プレゼントされ慣れていないななみには、びっくりな展開だが、編集長ならではの可愛がり方、なのかもしれない。
 ななみは慎重に、服を選び、編集長のおすすめも試着して、結局トップとボトム、計十着ほども買ってもらってしまった。
 服なんて、セールの時にしか買っていない、ななみには贅沢すぎる買い物だ。
 嬉しいのと、困惑が混ざった顔をして、服が包装されるのをレジで待っていると、女性の店員から声をかけられた。
「どれもとってもお似合いでしたよ。着ていかなくてもよろしいですか?」
 店員はにこにこしている。ぱあっとその場を明るくするような笑顔だ。
「は、はい。大丈夫です」
「そうでしたか。今着ていらっしゃるのもお似合いですが、うちの服もよかったです。きれいに着てもらえると、やっぱり嬉しいんですよね」
「そうですか…」
 ななみは、ほっとした。自分が身分不相応な服を買ってしまったと思っていたのだ。それを払拭するくらいのものが、その女性店員の言葉には、あった。
 編集長は会計をすませ、服の入った紙袋を車の後部座席に置き、ななみを乗せて発進した。
「あの、本当にありがとうございました」
「普段、なかなか逢えないからな。顔を見れない時に、俺の服を着てるかも、と思うと嬉しいじゃないか」
「…!」
 そうだった、この人、壮絶ロマンティストだった。あんな歌詞書くんだから、これくらいへっちゃらだ…!爆弾プレゼントの理由も腑に落ちて、ななみは、ふっ、と微笑んだ。
「どうした」
「さっきのお店の店員さんのこと、思い出してたんです。私、せっかくのお洋服、本当に似合ってたかなあって、ちょっと心配だったんですが、店員さんがすごく明るく似合ってて嬉しい、って言ってくださって。すっかり不安がなくなったんです。他人の心を動かす接客ってすごいですね」
「そうか?お前だって、似たようなこと、やってるだろ」
「私が?」
「そう。たとえば相田とかな。あいつがバイトと喋ってるのなんて、お前が初めてなんじゃないか。とっつきにくいし、アイドルオタだろ。女子バイトからは軽く敬遠されるのがいつものパターンだったんだよ。でも、お前、あいつとうまくやってるよな」
「え…だって、相田さんって、ベテランライターさんで、それだけでリスペクトあるし。業界裏話とかよく知ってらっしゃるんじゃないですか、って言ったら気さくに話してくださいましたよ」
 編集長は、前を向いたまま、くすっと笑った。
「だからさ、それが普通はできねえんだよ。そんな昔の話されてもーって、それでオワリだろ」
「そうでしょうか…」
 ななみとしては、普通に接しているだけなので、ぴんとこない。自分がすごいなあ、と思った人には敬意を示す。教えてもらえそうなことは聞く。それだけなのになあ、と思った。
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