Stayhere! 上司は××××で御曹司
「まあ、それ意識的にやってたら、逆にこざかしいかもしれないな。お前は別に計算とかじゃなくやれてるわけだ。得難い資質だ。大事にしろよ」
「はい…」
「そういうところも、いいと思ってた」
この言葉には、ななみもピンと来て、編集長の横顔をまじまじと見つめた。
「…あんま、見んな」
照れくさそうな顔を見て、ななみは何だか嬉しくて、頬が緩むのを抑えられなかった。
その後、編集長の運転する車は、小高い丘の上にあるM霊園という所で停車した。車を降りて、後部座席にあった花束を手にして、編集長は歩きだした。
「俺の大事な…まあ、親友と言ってもいいか。そいつが眠ってるんで、一緒に手を合わせてくれないか」
編集長の親友ということは、若くして亡くなっている、という事だろうか、と思いながら、ななみは、はい、と返事をした。
しばらく墓標が並ぶ中、歩みを進めた。そして大きな木の下にあった小さなお墓の前で、編集長は、立ち止まって、持っていた花束を供えた。
静かな表情で、手を合わせ、目をつむった。
ななみも、それにならって、手を合わせ、目を閉じた。
無言の時間が続き、そっと目を開けると、編集長が、うすく微笑んでいた。
「ありがとな。腹、へらないか。近くにレストランがあるから行こう」
そう言われたら、お昼がまだだった事を思い出す。編集長は、迷いのない運転で、レンガ造りの、洋館に十五分程度でたどり着いた。そこがレストランだった。
席に案内され、ランチのコースをいただくことになった。彩りの美しい料理がたて続けに出てきて、ななみは、きれい、かわいい、と言わずにはいられなかった。
嬉しそうな、ななみを見て、編集長が目を細める。お墓に来てから言葉が少ない。ななみは少しうかがうような視線を投げかけた。
編集長がアルコール代わりのジンジャーエールを口にしながら、言った。
「今日、行ったお墓な、実は…3人目のマスクドキングのメンバーなんだ」
「えっ。最初からジョーさんと二人じゃなかったんですか?」
「うん。マスクドキング結成のきっかけを話すことになるから、いつか改めて話そうと思ってたんだ。ちょうど、祥月命日だったから、北条にもつきあってもらった。一年に一度の命日の時は、ジョーと一緒に来るんだ。で、いつもここで飯食って帰る」
「そうだったんですか…」
「その亡くなった親友、ミキオっていうんだ。ちょっと長くなるが、出会いから話していいか?」
「もちろんです。私も聞いてみたいです」
編集長は、頷いて語り始めた。
◇
その頃、俺は大学二年生で、都内のアパートに一人暮らししていた。俺の母親は、シングルマザーで、バリバリの看護師なんだ。女手ひとつで、俺を育ててくれた。でも、俺が高校三年の時に老舗のホテルを経営してる人と再婚した。いい人で、俺にも母親にも優しい。申し分ない義父だった。それなのに、俺はもう一つ居心地が悪くて、二人の前で素直になれなかった。中学までは、俺がバリバリ働いて、母親を養うって深く心に決めていたから、なんだか役割を奪われたような、そんな気分だった。
早く、家を出たいと思うようになって、義父も大学の学費を出してくれるっていう。俺はしゃかりきになって勉強して、合格して、一人暮らしをスタートさせた。義父は生活費も面倒みると言ってくれたけど、俺は断って、生活費はなんとかバイトでまかなった。だからアパートもボロかったよ。
ある日、窓を開けてたら、アパートの隣の部屋から音楽が流れてきた。俺の好きなミュージシャンの曲だった。そんな偶然ってあるだろうと思うだろ?でも、違ったんだ、毎日、毎日、聞こえてくる音楽が、俺の好きな曲ばかりなんだ。
嬉しいというより、薄気味悪くさえなってきて、隣の住人はどんな奴だろうって興味津々になった。注意深く様子を伺っていたけど、そいつはなかなか部屋から出ようとしない。
一か月もして、やっと夜中の三時ごろコンビニかなんかに行っていることがわかった。もうそこまできたら、徹底してそいつの事が知りたくて、夜中、そいつを尾行したんだ。嘘みたいだけど、本当の話。暇な大学生だからできたことだ。
そいつは、もっさりしていて、いつ床屋に行ったかわからない長髪で、ぼろいスゥェットの上下を着てた。年はそんなに変わらないように見えた。
三回目の尾行の時に、俺は、思い切って声をかけた。
「俺、あんたの部屋の隣に住んでるんだけど、スミスっていいよな」
そいつは、すごい驚愕ってな感じの顔をして、俺を食い入るように見つめて、背を向けて逃げようとした。俺は、ここで逃したら、きっともうチャンスはない、と思って叫んだ。
「ファミレス!パフェおごるから!」
逃げ腰だった男の動きが、ぱっと止った。コンビニの向かいはファミレスだった。
実は、これまでの尾行の時に、奴がじっとファミレスの看板メニューを見ていたのを知ってたんだ。それに、コンビニの袋の中に、スイーツが必ず透けて見えていた。
そいつは、俺に小声で、ほんとに?と言った。俺は頷いて、二人でファミレスに入った。いちごやら生クリームが大盛りのパフェを食べたら、そいつはちょっと落ち着いてきたみたいだった。
「ファミレス、初めて来た。一人だと、入れない」
ぼそっと言った。一か月、様子を伺っていたから大体予想はついた。そいつは、音楽とゲームに溺れている、ひきこもりだった。俺が名乗ると、片岡ミキオ、と言った。
俺は、自分の好きな音楽ばかりが隣から流れてきて驚いた話をした。ミキオは最初、疑っていたが、ホリーズの話をしたら、案の定、乗ってきた。
「ホリーズの話なんて、人生の中で誰かと話せるなんて、思わなかった」
と興奮気味に言った。そこからはもう、お互いがいかに音楽オタクかを語り合った。オタクにとって、何が好きかって最重要事項なんだよな。俺は軽音楽部に入ってたけど、ちっとも俺と趣味が合うやつがいなくて腐っていた。だから、ミキオの登場は、すごい事件だった。すぐにお互いの部屋を行き来するようになった。行き来って言ってもな、俺は綺麗好きだから、部屋はいつでも人を入れられるけど、ミキオはそうじゃない。いわゆるゴミ屋敷の一歩手前だった。
ミキオは甘党なのに、ヘビースモーカーなんだ。バカスカ煙草を吸う。それなのに、音楽雑誌やらゲーム雑誌が所狭しと積み上げられ、足の踏み場もなかった。いつかボヤ出して、火事になったりしたら大変だ。俺はミキオにいかにゴミ捨ての習慣が大事かを説き、二人で何度も大掃除をした。
ミキオの部屋が少しマシになってきた頃、俺は部屋の隅にキーボードがあるのを見つけた。
「ミキオ、弾けるのか」
ミキオは、顔をぱっと赤くした。俺はぴんときた。
「なあ、時々お前の部屋から、知らないピアノ曲が流れてたんだけど」
いい曲だな、と思っていたけど、曲名がわからないから会った時に訊きようがなかったのだ。
そして、ミキオは言った。
「うん。それ、僕の作った曲」
「マジか」
俺はかなり驚いていた。本当に、いつも口ずさみたくなるようないい曲ばかりだったのだ。こいつ、ただのオタクじゃない。俺のその時の嬉しい気持ち、言葉にするのが難しいよ。とにかく見つけた!こいつだ!って気持ちがぶわっとわいた。
それから、二人で曲を作るようになった。その頃、俺はベースをやってた。幼馴染のジョーが最近、ギターを弾き出したと知って、三人でスタジオ入りするようになった。
それが、マスクドキングの原型。俺がベース、ジョーがギター、そしてミキオがキーボード、そしてボーカル。ミキオは驚いたことに、歌もうまかった。しゃべりはさっぱりの癖に、歌わせると、すごい歌心があるんだ。
「はい…」
「そういうところも、いいと思ってた」
この言葉には、ななみもピンと来て、編集長の横顔をまじまじと見つめた。
「…あんま、見んな」
照れくさそうな顔を見て、ななみは何だか嬉しくて、頬が緩むのを抑えられなかった。
その後、編集長の運転する車は、小高い丘の上にあるM霊園という所で停車した。車を降りて、後部座席にあった花束を手にして、編集長は歩きだした。
「俺の大事な…まあ、親友と言ってもいいか。そいつが眠ってるんで、一緒に手を合わせてくれないか」
編集長の親友ということは、若くして亡くなっている、という事だろうか、と思いながら、ななみは、はい、と返事をした。
しばらく墓標が並ぶ中、歩みを進めた。そして大きな木の下にあった小さなお墓の前で、編集長は、立ち止まって、持っていた花束を供えた。
静かな表情で、手を合わせ、目をつむった。
ななみも、それにならって、手を合わせ、目を閉じた。
無言の時間が続き、そっと目を開けると、編集長が、うすく微笑んでいた。
「ありがとな。腹、へらないか。近くにレストランがあるから行こう」
そう言われたら、お昼がまだだった事を思い出す。編集長は、迷いのない運転で、レンガ造りの、洋館に十五分程度でたどり着いた。そこがレストランだった。
席に案内され、ランチのコースをいただくことになった。彩りの美しい料理がたて続けに出てきて、ななみは、きれい、かわいい、と言わずにはいられなかった。
嬉しそうな、ななみを見て、編集長が目を細める。お墓に来てから言葉が少ない。ななみは少しうかがうような視線を投げかけた。
編集長がアルコール代わりのジンジャーエールを口にしながら、言った。
「今日、行ったお墓な、実は…3人目のマスクドキングのメンバーなんだ」
「えっ。最初からジョーさんと二人じゃなかったんですか?」
「うん。マスクドキング結成のきっかけを話すことになるから、いつか改めて話そうと思ってたんだ。ちょうど、祥月命日だったから、北条にもつきあってもらった。一年に一度の命日の時は、ジョーと一緒に来るんだ。で、いつもここで飯食って帰る」
「そうだったんですか…」
「その亡くなった親友、ミキオっていうんだ。ちょっと長くなるが、出会いから話していいか?」
「もちろんです。私も聞いてみたいです」
編集長は、頷いて語り始めた。
◇
その頃、俺は大学二年生で、都内のアパートに一人暮らししていた。俺の母親は、シングルマザーで、バリバリの看護師なんだ。女手ひとつで、俺を育ててくれた。でも、俺が高校三年の時に老舗のホテルを経営してる人と再婚した。いい人で、俺にも母親にも優しい。申し分ない義父だった。それなのに、俺はもう一つ居心地が悪くて、二人の前で素直になれなかった。中学までは、俺がバリバリ働いて、母親を養うって深く心に決めていたから、なんだか役割を奪われたような、そんな気分だった。
早く、家を出たいと思うようになって、義父も大学の学費を出してくれるっていう。俺はしゃかりきになって勉強して、合格して、一人暮らしをスタートさせた。義父は生活費も面倒みると言ってくれたけど、俺は断って、生活費はなんとかバイトでまかなった。だからアパートもボロかったよ。
ある日、窓を開けてたら、アパートの隣の部屋から音楽が流れてきた。俺の好きなミュージシャンの曲だった。そんな偶然ってあるだろうと思うだろ?でも、違ったんだ、毎日、毎日、聞こえてくる音楽が、俺の好きな曲ばかりなんだ。
嬉しいというより、薄気味悪くさえなってきて、隣の住人はどんな奴だろうって興味津々になった。注意深く様子を伺っていたけど、そいつはなかなか部屋から出ようとしない。
一か月もして、やっと夜中の三時ごろコンビニかなんかに行っていることがわかった。もうそこまできたら、徹底してそいつの事が知りたくて、夜中、そいつを尾行したんだ。嘘みたいだけど、本当の話。暇な大学生だからできたことだ。
そいつは、もっさりしていて、いつ床屋に行ったかわからない長髪で、ぼろいスゥェットの上下を着てた。年はそんなに変わらないように見えた。
三回目の尾行の時に、俺は、思い切って声をかけた。
「俺、あんたの部屋の隣に住んでるんだけど、スミスっていいよな」
そいつは、すごい驚愕ってな感じの顔をして、俺を食い入るように見つめて、背を向けて逃げようとした。俺は、ここで逃したら、きっともうチャンスはない、と思って叫んだ。
「ファミレス!パフェおごるから!」
逃げ腰だった男の動きが、ぱっと止った。コンビニの向かいはファミレスだった。
実は、これまでの尾行の時に、奴がじっとファミレスの看板メニューを見ていたのを知ってたんだ。それに、コンビニの袋の中に、スイーツが必ず透けて見えていた。
そいつは、俺に小声で、ほんとに?と言った。俺は頷いて、二人でファミレスに入った。いちごやら生クリームが大盛りのパフェを食べたら、そいつはちょっと落ち着いてきたみたいだった。
「ファミレス、初めて来た。一人だと、入れない」
ぼそっと言った。一か月、様子を伺っていたから大体予想はついた。そいつは、音楽とゲームに溺れている、ひきこもりだった。俺が名乗ると、片岡ミキオ、と言った。
俺は、自分の好きな音楽ばかりが隣から流れてきて驚いた話をした。ミキオは最初、疑っていたが、ホリーズの話をしたら、案の定、乗ってきた。
「ホリーズの話なんて、人生の中で誰かと話せるなんて、思わなかった」
と興奮気味に言った。そこからはもう、お互いがいかに音楽オタクかを語り合った。オタクにとって、何が好きかって最重要事項なんだよな。俺は軽音楽部に入ってたけど、ちっとも俺と趣味が合うやつがいなくて腐っていた。だから、ミキオの登場は、すごい事件だった。すぐにお互いの部屋を行き来するようになった。行き来って言ってもな、俺は綺麗好きだから、部屋はいつでも人を入れられるけど、ミキオはそうじゃない。いわゆるゴミ屋敷の一歩手前だった。
ミキオは甘党なのに、ヘビースモーカーなんだ。バカスカ煙草を吸う。それなのに、音楽雑誌やらゲーム雑誌が所狭しと積み上げられ、足の踏み場もなかった。いつかボヤ出して、火事になったりしたら大変だ。俺はミキオにいかにゴミ捨ての習慣が大事かを説き、二人で何度も大掃除をした。
ミキオの部屋が少しマシになってきた頃、俺は部屋の隅にキーボードがあるのを見つけた。
「ミキオ、弾けるのか」
ミキオは、顔をぱっと赤くした。俺はぴんときた。
「なあ、時々お前の部屋から、知らないピアノ曲が流れてたんだけど」
いい曲だな、と思っていたけど、曲名がわからないから会った時に訊きようがなかったのだ。
そして、ミキオは言った。
「うん。それ、僕の作った曲」
「マジか」
俺はかなり驚いていた。本当に、いつも口ずさみたくなるようないい曲ばかりだったのだ。こいつ、ただのオタクじゃない。俺のその時の嬉しい気持ち、言葉にするのが難しいよ。とにかく見つけた!こいつだ!って気持ちがぶわっとわいた。
それから、二人で曲を作るようになった。その頃、俺はベースをやってた。幼馴染のジョーが最近、ギターを弾き出したと知って、三人でスタジオ入りするようになった。
それが、マスクドキングの原型。俺がベース、ジョーがギター、そしてミキオがキーボード、そしてボーカル。ミキオは驚いたことに、歌もうまかった。しゃべりはさっぱりの癖に、歌わせると、すごい歌心があるんだ。