Stayhere! 上司は××××で御曹司
 歌がうまくて、曲もいい。そうなると、すぐにうまくいくように思うだろ?ところが、それがバンドの難しいところで、客の前に披露できるようになるまでは、一年以上かかったね。
 やっとバンドらしくなってきたから、バンド名を決めようってなった。それに何か他のバンドとも差別化したい。
 そんな時、ジョーが古い映画の「怪傑ゾロ」にはまってたんだ。これ、恰好よくない?って言って、ネットで買ったアイマスクを俺達に見せた。それをつけるといかにも大学生のやってるバンドですって感じが薄くなるんだ。ジョーの意見を採用して、アイマスクをつけることになった。そこから、「マスクドキング」っていうバンド名もできた。
 これが、結成秘話ってやつだな。
 マスクドキングの人気?笑えるくらいなかったね。ライブハウスを借りるには金がいるからもっぱら路上ばっかり。でも、その路上にミキオを連れ出すのがまた大変なんだ。スタジオだとのびのびプレイできるのに、路上だと嫌がる。こんなんじゃ、バンド結成した意味ねえなって思ってた。
 俺は大学三年になり、就職活動が忙しくなってきていた。俺達とつるむようになって、ミキオは昼間は公園に行ったりするようになった。ひきこもりからしたらすごい進歩だ。でも、俺は就職活動のおかげで、ほとんどバンド活動ができなくなってた。
 そして、ロック雑誌に投稿した文章が採用されたりして、文章を書く面白さにも目覚めてきた頃。
 ジョーがとんでもない事を言った。レコード会社に俺達が演奏した曲を送ったら、会ってみたいっていうメールが来たって言うんだ。だまされてんじゃないか、とか何とか、さんざん話し合ったけど、やっぱりレコード会社から評価されたかも、ってのは大きかった。
 いざ、明日、そのレコード会社の人と会うって日に、ミキオに声をかけたんだ。いよいよ明日だな、とか何とか。そしたら返事がない。ミキオはひきこもりだけど、俺の声を無視したりしない。
 俺は嫌な予感がして、ミキオの部屋を開けた。
 ミキオは万年床の上に、うずくまっていた。顔が青白い。
「ミキオ、どうした」
 慌てて駆け寄ると、胸が痛いんだ、って言う。ただ事じゃない、と思った俺は、病院に連れて行った。
 ミキオは肺気腫で重症だった。もともと痩せてたから、そんなに重症になっていたのに気づけなかった。原因は煙草の吸い過ぎ。ミキオは入院した。治療費や入院費が必要だから、ミキオの両親と連絡をとった。金は銀行に振り込まれたけど、親は見舞いに来なかった。仕送りは続けるけど、ほぼ絶縁状態にしたい、というのが親の要望だったみたいだ。ミキオは家族のことを話したがらなかった。「エリートばかりだから俺のことはいらないんだ」って一言だけ言ったことがあった。
 いらないなんてあるかよ、って俺は怒ったけれど、ミキオはへらへら笑ってた。
 レコード会社と会う話も、もちろん立ち消えになった。主要メンバーのミキオが入院中なんだから仕方ないよな。
 数か月後。よくない症状が続いて、医者の先生に「覚悟してください」って言われたんだ。俺とジョーは、毎日ミキオの様子を見に行った。友達がいなくなる覚悟なんて、簡単にはできなかった。とにかくできることは、ミキオの様子を毎日見に行くことだけ。深夜に面会なんてできないから、バイトのシフトを朝とか昼にして。そうすると大学の単位が危なくなった。でも、そんなことよりミキオについててやりたかった。ミキオには俺達しかいないんだから。
 ある日、妙にさっぱりした顔をしたミキオがベッドから半身起こして窓の外を見てた。つらそうな日が続いていたから、俺は、ほっとした。
「ミキオ、調子よさそうじゃないか」
「調子に乗って煙草吸ったりすんなよ」
 ジョーが笑って言った。ジョーはこういう時、場が和む冗談が言えるタイプなんだ。
 うん、とミキオは薄く笑った。
「ねえ、二人にお願いがあるんだ」
 何でもきくぞ、と俺もジョーも前のめりになった。
「うん…僕が死んでも、マスクドキング、辞めないでほしいんだ」
「死んでも、なんて言うなよ」
 俺は言った。
「うん。でも、もうわかってるからさ。ジョーは今まで通りギターやって…で、ボーカルなんだけど」
 ミキオは改めて俺を見た。
「ソウにやってほしいんだ。時々遊びで歌ったことあったでしょ。実は、ソウ、ボーカルに向いてるなって思ってた。低いだけじゃなくて、声が甘いんだ。絶対、ウケると思う。俺の代わりに、歌ってほしい」
 俺は、困惑していた。ベースで満足していたから、思いがけない展開だった。
「僕の曲、なんとか残したいんだ、この世界に。歌詞もね。だから、ソウに歌ってほしい」
 すごく、きっぱり言った。こんなミキオは見たことがなかった。いつもぼそぼそっとしゃべるのがミキオだったから。
 窓の外は、夕暮れ時で、ちょうど夕陽が沈むころだった。暮れていく日差しが窓から入ってきて…ここで逃げたら、一生後悔する、そんな気がして、言った。
「わかった。歌うよ。マスクドキングは辞めない。俺が、おまえの曲、歌うよ」
「ありがとう」
 ミキオが、くしゃっと笑った。いい笑顔だった。数日後、ミキオは逝った。ミキオがもう、この世にいないってことを、心の底から理解するのには、時間が必要だった。いつだってアパートの隣の部屋から音楽が聞こえてきそうだった。ミキオの好きな曲がかかると、正気ではいられなかった。まだ若いのに、なんであいつだけ、そう思うとたまらなかった。もっと一緒に色んなところに行けばよかった。あいつの知らない外の世界、もっと見せてやりたかった。でも、それはできない。それが死ぬってことなんだ。
 
 それから二ヵ月後、初めて二人だけの路上ライブをやった。マスクをつけて、ジョーのギターで、俺は歌った。ミキオに託された歌をうたう。これまでぼんやりとしていたバンド活動への思いが、はっきりと明確なものになっていた。
 俺が歌わないと、ミキオの曲は消えるんだ。そう思うとベースの時と違って、一歩前に出れるようになった。
 俺は歌った。ミキオに届くように、と思いながら。最初は声が思うように出なかったけど、回を重ねる内に、歌うってことがどんなことかわかってきた。自分が楽器になるんだ。その自由さ、そして責任。そんなことを少しずつ感じるようになっていった。
 俺はロックアウト社に就職が決まった。ジョーは、大学の頃からやってたデイトレーダーで生活してた。時間があるから、CD制作や販売、ライブスケジュールなんかも、ジョーに丸投げして、俺は新しい仕事にのめりこんだ。
 なんとか時間を作って路上ライブをやる。それが四年くらい続いた。曲は、主にミキオが作ってくれてたのをやり続けていた。ある日、ちょっとした思いつきでミキオの曲をアレンジしてやってみた。
 その時だな。大きな変化があった。いつもちらほらだった客が、どっと増えたんだ。何が起こったかわからなかったが、とにかく手ごたえがあった。
 人が増え始めると、相乗効果で、俺の歌も、ジョーの演奏も、ぐっといい方向にいった。そんな時に、一人の客が、俺達の演奏を、ネットにアップした。
 それは拡散されて、俺もジョーも知らない内に、再生回数を伸ばしていった。いわゆるバズるってやつだな。明らかに俺達を見にやってくる客が増えたことがわかって、活動拠点をライブハウスにすることができた。
 俺は当時、副編集長になっていたから、バンドの練習に割く時間が少なかった。だからライブをやるのは、年に数回止りだった。それでも、時間のやりくりをして、必死で練習したよ。
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