Stayhere! 上司は××××で御曹司
深いキスは、長く続き、ふっと解放された。ななみの肩に頭を乗せるようにして、編集長がぎゅっと抱きしめてきた。
「やべえ…止まらなくなりそう」
ななみは荒い息遣いをしながら、ぼんやりとその言葉を聞いた。止まらないってどういうことを言うんだろう…なんとなく的外れな疑問な気がして口にはしなかった。それよりも、初めての深いキスで、自分が思いのほか反応してしまったことを恥ずかしく思っていた。
しばらく抱き合った後、すっと編集長の身体が離れた。
「ななみは、男とちゃんと付き合ったことがない、とか言ってたな。その…深いつきあいはしてないって解釈であってるか?」
さすがに編集長が何を言おうとしているのかがわかって、ななみは頬を熱くしながら、こくりと頷いた。
「やっぱそうか…わかった。了解。勢いとか、そういうのはナシにする。あー、腹へった」
「すぐに支度しますよ」
編集長の気遣いと照れ隠しを可愛いと思いながら、ななみは言った。
「うん。じゃあ、俺はシャワー浴びてくるから。ななみは、飯作って」
「はいっ」
浴室に向かって行く背中が弾んでいたので、ななみは吹き出すのをこらえた。
リクエストされたポトフと、チキンの香草焼き、海藻サラダ、トマトのパスタ、と作っていったら、編集長は綺麗に平らげてしまった。
「細いのに、よく食べますね」
「筋トレもしてるしな。バンドも編集も体力がいる。しっかり食べて身体作るのが基本だ。ななみの料理は栄養バランスがよさそうだな。料理、好きなのか」
「そうですね。母が病気がちだったので、私、中学の頃からキッチンに立ってました。母も今はすっかり元気になったけど」
「そうか、よかった」
その一言が嬉しくて、ななみは、ほっこりして、言った。
「今日は洋風でしたけど、和風のお惣菜も作ります」
「うん。頼む」
素直に嬉しそうな顔をされて、ななみも嬉しかった。また腕によりをかけて作ってあげよう、と思う。
「うちの母親がシングルマザーだった話はしたよな。時間がない中、飯を作ってくれるから、フライパンごとテーブルにどん、みたいな飯が多かったよ。あれはあれで、うまかったけどな」
「看護師さん、でしたよね。すごくてきぱきしてそう」
「そうだな、確かにさばけてたかな。子供から見ても、よくこんなに動けるな、と思ってた。俺が編集とバンド両立させてるのも、母親を見てたから、ってのがあるかもしれん」
なるほど、とななみは頷いた。編集業もバンド活動も両方やってたら毎日ハードなのは目に見えている。どうやってこなしているんだろう、という疑問が少し解けた気がした。
コーヒーでもいれましょうか、とななみが立上ったところで、編集長のスマホが鳴った。
液晶画面を見て、
「母親だ。噂してたのがバレたかな」
と笑いながら電話に出た。
「うん、俺。え…そうか、わかった。来週なら大丈夫だ。時間作っていくよ。俺も話したいことがあったからさ。…うん、わかった。じゃ」
スマホを切ると、ふっ、と編集長が息をついた。
「お母様、お元気でした?」
「ああ…なんか話があるから、一回帰ってこいって言われた。ななみ、来週の日曜日、あいてるか」
ななみはスケジュール帳を確認した。編集部も忙しくない時期だし、バーのバイトも入ってなかった。
「はい。大丈夫です…って、え?」
瞬間的に、まさか、この流れ、と身構える。
「うちの実家に一緒に行こう。親に、ななみを紹介したい」
「え、ええっ」
編集長の彼女になっただけでも大事なのに、つきあいだして早々に親に紹介されるなんて、心の準備ができていなかった。
「なんで。嫌か?」
不思議そうな顔をして、編集長が言う。
「そ、そうじゃなくて、私なんかがいいのかなって…」
「何、言ってるんだ。自慢したいのが当たり前だろ。今日だってすぐにジョーに紹介しただろ」
そうだった。全く躊躇なく紹介されたことを思い出す。
「はい。あの…う、嬉しいです。編集長の親御さんにも会ってみたいし」
「決まりだな。あ、うちの親に会う時の服装は、あの白いワンピースがいんじゃね?」
「ま、まさか紹介を予想して買ってくださったんですか?」
「いや、単純に俺の趣味なだけ。そこまで先読みはしてねえよ」
やり手の編集長だから、まさかと思ったがさすがにそうではなかった。なんとなくほっとする。
「あ、それとうちに来た時、編集長呼びはやめろよ」
え、とななみは固まった。新たな課題がやってきた。
「えー。ななみ、編集長の実家に行くんだ」
バイトから帰って、風呂上がりのかよは、ビールを飲みながら、そう言った。
「そうなの…びっくりの展開だよ」
「っていうか、今日一日の流れをざっと聞いたけど、内容濃くない?てんこもりの一日だったね」
ななみは、ぶんぶん頭を振って頷いた。
「うん。普段、ゆっくり会えないからね。お互い詰め込みすぎちゃうよ」
編集長がマスクドキングのソウであることは、かよには言っていないけれど、そこを差し引いても、やっぱり濃い一日だった。午前中に買ってもらった服の入った紙袋が、部屋の隅に山積みになっている。
「まあ、盛り上がってる時期だろうしね…よかったじゃん、ななみ。初めてちゃんとおつきあいするのが編集長みたいな人で、顔面偏差値も高いんでしょ?」
「うん。でもそれだけじゃなくてさ…照れ屋だったり不器用だったりするんだよね。そこが可愛いっていうか…」
「うわ。初、ななみにのろけられた。でも、ななみがちゃんと好きな人とつきあっててよかった。私が包囲網作った甲斐があった」
「は?何、包囲網って」
「ななみは鈍いから全然わかってないけど、あんた、結構、口説かれたり、思われたりしてるよ」
「うん?何それ」
「バーのお客さんにもななみ狙いは結構いるし、智也の友達からもななみ紹介して、って言われたことある」
「ちょっと。初耳なんですが?」
「言ってないもん。ななみ、女子高育ちでメンズに免疫ないじゃない。放っておくと、だまされたり痛い目あうなーと思って、言いよってきた奴に『あの子、超絶イケメン好きだから』って言っておいた」
「ええー。ちょっと待って、すごく感じ悪くない、それ?」
「だいじょうぶ。結果的には、イケメンで可愛がってくれる人と両想いになれたわけでしょ。結果オーライじゃん。しかも、ご両親に紹介されるなんてさあ、大事にされてる証拠じゃん。よかったねえ」
「うん…」
緊張したり、心配したり忙しいけれど。きっと大事にされてるって喜ぶことなんだ、とななみは思った。
「わかりやすく緊張してるな」
編集長は、ななみを助手席に乗せて、しばらく車を走らせてから行った。
「緊張するな、というのは無理です」
編集長の実家に行くという当日。編集長に言われた通りに白のワンピースにコートを羽織ってきた。膝に抱えているのは、バッグとご両親に渡す手土産だ。ここ数日、仕事の終わった後、かよに、どんな手土産がいいか、相談しまくっていた。やっと、ここなら何とか、という洋菓子店を見つけて、昨日手に入れた。しかし、実際は、車に乗せてもらっていざご実家に行くとなると、今度は「和菓子の方がよかったんじゃ?」と、途端に心配になる。編集長にきいてみると、「どっちでも大丈夫」と言われ、胸を撫でおろした。
「それで、こういう時ってどんな話をすればいいんでしょうかへん」
と言いかけて、口をつぐむ。編集長が、ふざけ半分に、じろりとにらむ。
「どんな話がいいでしょう、宗吾さん」
ななみが言い直す。今日は、編集長呼びは禁止なのだ。そうだな、と編集長は、少し考えた。
「やべえ…止まらなくなりそう」
ななみは荒い息遣いをしながら、ぼんやりとその言葉を聞いた。止まらないってどういうことを言うんだろう…なんとなく的外れな疑問な気がして口にはしなかった。それよりも、初めての深いキスで、自分が思いのほか反応してしまったことを恥ずかしく思っていた。
しばらく抱き合った後、すっと編集長の身体が離れた。
「ななみは、男とちゃんと付き合ったことがない、とか言ってたな。その…深いつきあいはしてないって解釈であってるか?」
さすがに編集長が何を言おうとしているのかがわかって、ななみは頬を熱くしながら、こくりと頷いた。
「やっぱそうか…わかった。了解。勢いとか、そういうのはナシにする。あー、腹へった」
「すぐに支度しますよ」
編集長の気遣いと照れ隠しを可愛いと思いながら、ななみは言った。
「うん。じゃあ、俺はシャワー浴びてくるから。ななみは、飯作って」
「はいっ」
浴室に向かって行く背中が弾んでいたので、ななみは吹き出すのをこらえた。
リクエストされたポトフと、チキンの香草焼き、海藻サラダ、トマトのパスタ、と作っていったら、編集長は綺麗に平らげてしまった。
「細いのに、よく食べますね」
「筋トレもしてるしな。バンドも編集も体力がいる。しっかり食べて身体作るのが基本だ。ななみの料理は栄養バランスがよさそうだな。料理、好きなのか」
「そうですね。母が病気がちだったので、私、中学の頃からキッチンに立ってました。母も今はすっかり元気になったけど」
「そうか、よかった」
その一言が嬉しくて、ななみは、ほっこりして、言った。
「今日は洋風でしたけど、和風のお惣菜も作ります」
「うん。頼む」
素直に嬉しそうな顔をされて、ななみも嬉しかった。また腕によりをかけて作ってあげよう、と思う。
「うちの母親がシングルマザーだった話はしたよな。時間がない中、飯を作ってくれるから、フライパンごとテーブルにどん、みたいな飯が多かったよ。あれはあれで、うまかったけどな」
「看護師さん、でしたよね。すごくてきぱきしてそう」
「そうだな、確かにさばけてたかな。子供から見ても、よくこんなに動けるな、と思ってた。俺が編集とバンド両立させてるのも、母親を見てたから、ってのがあるかもしれん」
なるほど、とななみは頷いた。編集業もバンド活動も両方やってたら毎日ハードなのは目に見えている。どうやってこなしているんだろう、という疑問が少し解けた気がした。
コーヒーでもいれましょうか、とななみが立上ったところで、編集長のスマホが鳴った。
液晶画面を見て、
「母親だ。噂してたのがバレたかな」
と笑いながら電話に出た。
「うん、俺。え…そうか、わかった。来週なら大丈夫だ。時間作っていくよ。俺も話したいことがあったからさ。…うん、わかった。じゃ」
スマホを切ると、ふっ、と編集長が息をついた。
「お母様、お元気でした?」
「ああ…なんか話があるから、一回帰ってこいって言われた。ななみ、来週の日曜日、あいてるか」
ななみはスケジュール帳を確認した。編集部も忙しくない時期だし、バーのバイトも入ってなかった。
「はい。大丈夫です…って、え?」
瞬間的に、まさか、この流れ、と身構える。
「うちの実家に一緒に行こう。親に、ななみを紹介したい」
「え、ええっ」
編集長の彼女になっただけでも大事なのに、つきあいだして早々に親に紹介されるなんて、心の準備ができていなかった。
「なんで。嫌か?」
不思議そうな顔をして、編集長が言う。
「そ、そうじゃなくて、私なんかがいいのかなって…」
「何、言ってるんだ。自慢したいのが当たり前だろ。今日だってすぐにジョーに紹介しただろ」
そうだった。全く躊躇なく紹介されたことを思い出す。
「はい。あの…う、嬉しいです。編集長の親御さんにも会ってみたいし」
「決まりだな。あ、うちの親に会う時の服装は、あの白いワンピースがいんじゃね?」
「ま、まさか紹介を予想して買ってくださったんですか?」
「いや、単純に俺の趣味なだけ。そこまで先読みはしてねえよ」
やり手の編集長だから、まさかと思ったがさすがにそうではなかった。なんとなくほっとする。
「あ、それとうちに来た時、編集長呼びはやめろよ」
え、とななみは固まった。新たな課題がやってきた。
「えー。ななみ、編集長の実家に行くんだ」
バイトから帰って、風呂上がりのかよは、ビールを飲みながら、そう言った。
「そうなの…びっくりの展開だよ」
「っていうか、今日一日の流れをざっと聞いたけど、内容濃くない?てんこもりの一日だったね」
ななみは、ぶんぶん頭を振って頷いた。
「うん。普段、ゆっくり会えないからね。お互い詰め込みすぎちゃうよ」
編集長がマスクドキングのソウであることは、かよには言っていないけれど、そこを差し引いても、やっぱり濃い一日だった。午前中に買ってもらった服の入った紙袋が、部屋の隅に山積みになっている。
「まあ、盛り上がってる時期だろうしね…よかったじゃん、ななみ。初めてちゃんとおつきあいするのが編集長みたいな人で、顔面偏差値も高いんでしょ?」
「うん。でもそれだけじゃなくてさ…照れ屋だったり不器用だったりするんだよね。そこが可愛いっていうか…」
「うわ。初、ななみにのろけられた。でも、ななみがちゃんと好きな人とつきあっててよかった。私が包囲網作った甲斐があった」
「は?何、包囲網って」
「ななみは鈍いから全然わかってないけど、あんた、結構、口説かれたり、思われたりしてるよ」
「うん?何それ」
「バーのお客さんにもななみ狙いは結構いるし、智也の友達からもななみ紹介して、って言われたことある」
「ちょっと。初耳なんですが?」
「言ってないもん。ななみ、女子高育ちでメンズに免疫ないじゃない。放っておくと、だまされたり痛い目あうなーと思って、言いよってきた奴に『あの子、超絶イケメン好きだから』って言っておいた」
「ええー。ちょっと待って、すごく感じ悪くない、それ?」
「だいじょうぶ。結果的には、イケメンで可愛がってくれる人と両想いになれたわけでしょ。結果オーライじゃん。しかも、ご両親に紹介されるなんてさあ、大事にされてる証拠じゃん。よかったねえ」
「うん…」
緊張したり、心配したり忙しいけれど。きっと大事にされてるって喜ぶことなんだ、とななみは思った。
「わかりやすく緊張してるな」
編集長は、ななみを助手席に乗せて、しばらく車を走らせてから行った。
「緊張するな、というのは無理です」
編集長の実家に行くという当日。編集長に言われた通りに白のワンピースにコートを羽織ってきた。膝に抱えているのは、バッグとご両親に渡す手土産だ。ここ数日、仕事の終わった後、かよに、どんな手土産がいいか、相談しまくっていた。やっと、ここなら何とか、という洋菓子店を見つけて、昨日手に入れた。しかし、実際は、車に乗せてもらっていざご実家に行くとなると、今度は「和菓子の方がよかったんじゃ?」と、途端に心配になる。編集長にきいてみると、「どっちでも大丈夫」と言われ、胸を撫でおろした。
「それで、こういう時ってどんな話をすればいいんでしょうかへん」
と言いかけて、口をつぐむ。編集長が、ふざけ半分に、じろりとにらむ。
「どんな話がいいでしょう、宗吾さん」
ななみが言い直す。今日は、編集長呼びは禁止なのだ。そうだな、と編集長は、少し考えた。