Stayhere! 上司は××××で御曹司
『そうでしょう。私が言いたいのは、真山修治を見くびるな、ということです。こんな妄想オタク、恋人が亡くなった気持ちなんて、へっちゃらで書けるはずだ。ネットやらで騒いでいる連中に私は言いたいですね。お前ら、真山修治の才能の何を知ってるんだってね』
ぶはっ、という笑い声で、張りつめた空気を破ったのは、マシューだった。
『…妄想オタクってひどいなあ』
『でも、否定できませんよね』
『葉山さんには敵わないなあ…そうです。【メアリー】は想像上の女性です。マネージャー、元カノ説でさらにCDの売り上げアップねらうなんて、セコいよ。こんなこと滅多に言わないけど…【メアリー】の歌詞がはまった時、すごい達成感があった。自分でもドヤ顔してたと思う。こんなことってなかなかなくて…でもよかった。自分でも好きな曲にいろいろ尾ひれがついていくのが、嫌だったんだ。このインタビューに応じたのも、それが言いたかったってのもある』
『真山さん』
『でも、葉山さんの持って行き方が、よくある情報番組みたいなやつだったら、絶対に言わないって決めてた。今回は、うまく乗せられてしまったな』
くすっとマシューの笑い声が聞こえた。
思わず、ななみは、ガッツポーズをした。
すごい、編集長、マシューの本心を引き出した…!
その後のインタビューはなめらかに進んだ。マシューは言葉少なだったが、言葉を選んで、自分の言葉で喋ろうとしているのが伝わってきた。言葉数が多くて内容が薄いインタビューなんてたくさんあるけれど、マシューの場合は反対だった。言葉に重みがあって、濃い。
こずえと目を合わせて頷きあった。
このインタビュー、すごい目玉記事になる。きっと反響も大きいだろう。ななみの胸は熱くなった。
「…ってね、すごいインタビューだったんだよ」
ぐつぐつと鍋が煮えているのを見ながら、ななみが言った。かよが仕事が休みで、ななみも早あがりで、バーのバイトもない。かよと二人で、夕食時にそろうのも久しぶりだった。約束どおり鍋をしよう、とななみが材料を仕事帰りに買ってきた。
かよは、料理は苦手だが、鍋くらいなら大丈夫なのだ。仕事帰りのななみを労って、進んで台所で材料を切ってくれた。今夜は常夜鍋だ。肉が少ないのがさみしいが、そこは目をつぶる。
「かよちゃん、鍋、もういいみたい。美味しそう」
ビールとグラスを持ってきたかよが座りながら、
「よし、乾杯しよ」
と言った。グラスを合わせて「お疲れ様」と言い合う。
「で、マシューのインタビュー、そんなにうまくいったんだ」
「うん。あれは、ちょっと感動した。人の心って動かせるんだね。私だったら、固まってしゃべれなくなっちゃうよ。編集長が、マシューの壁をガンガン壊していく感じがしてね、聞いてるだけで、わーって気持ちがたかぶったよ」
「ほほう」
なぜか、かよがビールを飲みながらにやにやしている。
「なに、かよちゃん」
ななみが怪訝そうな顔をする。
「最近さあ、ななみ、その編集長って人の話、よくするよねえ」
「へ?」
「あ、自覚ないんだ」
「そう?そんなことないと思うけど…」
ななみは、鍋をつつく真似をして、動揺しているのをごまかした。実は自覚は、あった。気づけば、最近、やたらと編集長の事を考えている。よく顔を合わせるから喋っている、それだけのような、そうでもないような、よくわからない。女子高育ちのななみには、男友達もいない。だから、編集長のことを上司以上の気持ちで見ているのか、推し量ることができない。ただ確かに「この事話したら編集長どう思うかな」「なんて言うかな」などと胸の内で呟きながら、話せるタイミングを狙っている自分がいる。
今までは、「マスクドキング」のソウのことで頭がいっぱいだったのに。どうしちゃったんだろう。
「それにさあ、この葉山編集長ってソウに似てるよねえ」
だしぬけにかよにそう言われて、ななみはビールを吹いた。
「ななな、ないっ。それはないっ」
ぶんぶん頭を振って、ななみは反論した。ソウ様に似てるなんてあり得ない!
「そう?ほら、この写真の横顔とか、似てると思うけど」
かよが指差す先月号の「rock:of」。後ろの方の編集後記のページに編集長の写真が載っていたのだった。
ななみも、ちらりと見る。
「まあ、似てなくもない、とは思うけど…」
「でしょ?よくあるよね、つきあったきっかけは、アイドルのだれそれに似てたからで、とか」
「…かよちゃん。面白がってるね…」
「ななみに幸せになってほしくて。私ばっかじゃ悪いしー」
「思ってない。全然心こもってない」
なんとかこの場を乗り切ろうと、ななみは煮えたほうれん草をぱくぱく食べた。ポン酢がきいていて美味しい。ふと、疑問がわいてきた。
「かよちゃんは、智也くんと出会って、いつ好きだなってわかったの」
うん?と少しほろ酔いの顔でかよがななみのグラスにビールをつぐ。
「そうねー。この人、私のこと好きなんじゃないかな、って思ってたら、私も好きになってたかな」
「うわ。全然参考にならねー」
「参考にしたいってことはあ、もう恋が始まってない?」
そうなんだろうか。私、編集長に恋してるんだろうか。ななみは、立ち上がって窓を少し開けて換気した。夜の空気が心地いい。空の月を見て、編集長もこの月を見てるのかな、と思った。
翌日。色んな作業をこなして、そろそろお昼だな、という時、ななえは隣のこずえに言った。
「あの。今日、編集長いらしてませんね。昨日は取材かなって思ってたんですが、二日連続いないって珍しいですね。出張とか?」
「あ、私もさっき聞いたんだけど、風邪で病欠らしいわ。珍しいね。鬼の攪乱ってやつかな」
こずえは、そう言っただけで、あっさり仕事に戻った。ややこしい案件をやっているらしかった。
「そうなんですか…」
ななみも、それ以上きけなかった。
ランチの後、午後の仕事をななみはいつも通りコツコツとやった。だが、それは表向きで、内心はフル回転でやっていた。
今日、残業するわけにはいかない。17時の終業ぴったりに仕事をあげて帰り支度をした。
こずえが言った。
「あれ、今日、早いわね。予定あるの」
「はあ、まあ、友達とちょっと。お先に失礼します」
ななみは、小さな嘘をついたことを心の中で詫びながら、会社を後にした。今日は、バーのバイトもない。スーパーに行って、食材やプリン、それにスポーツ飲料を買った。ドラッグストアで解熱剤も買う。
編集長が、風邪で寝込んでいる。そう聞いたら、どうしてもお見舞いに行きたくなってしまった。もし、編集長の住所を知らなかったら、そうは思わなかったかもしれない。しかし、この間送ってもらった時に「桜井神社の近くのマンション」と聞いてしまった。それがわかっているのに、風邪で寝込んでいる編集長をほったらかしにするのは、何だかすごく冷たい気がする。
ななみが東京に引っ越してすぐの頃、かよが風邪をひいて寝込んだことがあった。ななみは、なんとか道を覚えたばかりのドラッグストアやスーパーに行って、薬や栄養のつくものを買ってきた。かよは、「一人だと身体引きずって買いに行かなきゃいけないんだよね。よかった、ななみがいてくれて」と、泣きそうな顔をして言っていた。
編集長も、一人で、困っているかもしれないし…。
ななみは、とにかく編集長の部屋に行く理由をこじつけた。彼女でもないのに重いんだよ、とかキツイことを言われる可能性だってある。
でも、ひょっとしたら、すごく喜ぶ可能性だって、ある。
弱気になって引き返したくなる気持ちと戦いながら、桜井神社の角を曲がり、編集長のマンションの下に着いた。部屋番号は、社員名簿で確認してあった。
ぶはっ、という笑い声で、張りつめた空気を破ったのは、マシューだった。
『…妄想オタクってひどいなあ』
『でも、否定できませんよね』
『葉山さんには敵わないなあ…そうです。【メアリー】は想像上の女性です。マネージャー、元カノ説でさらにCDの売り上げアップねらうなんて、セコいよ。こんなこと滅多に言わないけど…【メアリー】の歌詞がはまった時、すごい達成感があった。自分でもドヤ顔してたと思う。こんなことってなかなかなくて…でもよかった。自分でも好きな曲にいろいろ尾ひれがついていくのが、嫌だったんだ。このインタビューに応じたのも、それが言いたかったってのもある』
『真山さん』
『でも、葉山さんの持って行き方が、よくある情報番組みたいなやつだったら、絶対に言わないって決めてた。今回は、うまく乗せられてしまったな』
くすっとマシューの笑い声が聞こえた。
思わず、ななみは、ガッツポーズをした。
すごい、編集長、マシューの本心を引き出した…!
その後のインタビューはなめらかに進んだ。マシューは言葉少なだったが、言葉を選んで、自分の言葉で喋ろうとしているのが伝わってきた。言葉数が多くて内容が薄いインタビューなんてたくさんあるけれど、マシューの場合は反対だった。言葉に重みがあって、濃い。
こずえと目を合わせて頷きあった。
このインタビュー、すごい目玉記事になる。きっと反響も大きいだろう。ななみの胸は熱くなった。
「…ってね、すごいインタビューだったんだよ」
ぐつぐつと鍋が煮えているのを見ながら、ななみが言った。かよが仕事が休みで、ななみも早あがりで、バーのバイトもない。かよと二人で、夕食時にそろうのも久しぶりだった。約束どおり鍋をしよう、とななみが材料を仕事帰りに買ってきた。
かよは、料理は苦手だが、鍋くらいなら大丈夫なのだ。仕事帰りのななみを労って、進んで台所で材料を切ってくれた。今夜は常夜鍋だ。肉が少ないのがさみしいが、そこは目をつぶる。
「かよちゃん、鍋、もういいみたい。美味しそう」
ビールとグラスを持ってきたかよが座りながら、
「よし、乾杯しよ」
と言った。グラスを合わせて「お疲れ様」と言い合う。
「で、マシューのインタビュー、そんなにうまくいったんだ」
「うん。あれは、ちょっと感動した。人の心って動かせるんだね。私だったら、固まってしゃべれなくなっちゃうよ。編集長が、マシューの壁をガンガン壊していく感じがしてね、聞いてるだけで、わーって気持ちがたかぶったよ」
「ほほう」
なぜか、かよがビールを飲みながらにやにやしている。
「なに、かよちゃん」
ななみが怪訝そうな顔をする。
「最近さあ、ななみ、その編集長って人の話、よくするよねえ」
「へ?」
「あ、自覚ないんだ」
「そう?そんなことないと思うけど…」
ななみは、鍋をつつく真似をして、動揺しているのをごまかした。実は自覚は、あった。気づけば、最近、やたらと編集長の事を考えている。よく顔を合わせるから喋っている、それだけのような、そうでもないような、よくわからない。女子高育ちのななみには、男友達もいない。だから、編集長のことを上司以上の気持ちで見ているのか、推し量ることができない。ただ確かに「この事話したら編集長どう思うかな」「なんて言うかな」などと胸の内で呟きながら、話せるタイミングを狙っている自分がいる。
今までは、「マスクドキング」のソウのことで頭がいっぱいだったのに。どうしちゃったんだろう。
「それにさあ、この葉山編集長ってソウに似てるよねえ」
だしぬけにかよにそう言われて、ななみはビールを吹いた。
「ななな、ないっ。それはないっ」
ぶんぶん頭を振って、ななみは反論した。ソウ様に似てるなんてあり得ない!
「そう?ほら、この写真の横顔とか、似てると思うけど」
かよが指差す先月号の「rock:of」。後ろの方の編集後記のページに編集長の写真が載っていたのだった。
ななみも、ちらりと見る。
「まあ、似てなくもない、とは思うけど…」
「でしょ?よくあるよね、つきあったきっかけは、アイドルのだれそれに似てたからで、とか」
「…かよちゃん。面白がってるね…」
「ななみに幸せになってほしくて。私ばっかじゃ悪いしー」
「思ってない。全然心こもってない」
なんとかこの場を乗り切ろうと、ななみは煮えたほうれん草をぱくぱく食べた。ポン酢がきいていて美味しい。ふと、疑問がわいてきた。
「かよちゃんは、智也くんと出会って、いつ好きだなってわかったの」
うん?と少しほろ酔いの顔でかよがななみのグラスにビールをつぐ。
「そうねー。この人、私のこと好きなんじゃないかな、って思ってたら、私も好きになってたかな」
「うわ。全然参考にならねー」
「参考にしたいってことはあ、もう恋が始まってない?」
そうなんだろうか。私、編集長に恋してるんだろうか。ななみは、立ち上がって窓を少し開けて換気した。夜の空気が心地いい。空の月を見て、編集長もこの月を見てるのかな、と思った。
翌日。色んな作業をこなして、そろそろお昼だな、という時、ななえは隣のこずえに言った。
「あの。今日、編集長いらしてませんね。昨日は取材かなって思ってたんですが、二日連続いないって珍しいですね。出張とか?」
「あ、私もさっき聞いたんだけど、風邪で病欠らしいわ。珍しいね。鬼の攪乱ってやつかな」
こずえは、そう言っただけで、あっさり仕事に戻った。ややこしい案件をやっているらしかった。
「そうなんですか…」
ななみも、それ以上きけなかった。
ランチの後、午後の仕事をななみはいつも通りコツコツとやった。だが、それは表向きで、内心はフル回転でやっていた。
今日、残業するわけにはいかない。17時の終業ぴったりに仕事をあげて帰り支度をした。
こずえが言った。
「あれ、今日、早いわね。予定あるの」
「はあ、まあ、友達とちょっと。お先に失礼します」
ななみは、小さな嘘をついたことを心の中で詫びながら、会社を後にした。今日は、バーのバイトもない。スーパーに行って、食材やプリン、それにスポーツ飲料を買った。ドラッグストアで解熱剤も買う。
編集長が、風邪で寝込んでいる。そう聞いたら、どうしてもお見舞いに行きたくなってしまった。もし、編集長の住所を知らなかったら、そうは思わなかったかもしれない。しかし、この間送ってもらった時に「桜井神社の近くのマンション」と聞いてしまった。それがわかっているのに、風邪で寝込んでいる編集長をほったらかしにするのは、何だかすごく冷たい気がする。
ななみが東京に引っ越してすぐの頃、かよが風邪をひいて寝込んだことがあった。ななみは、なんとか道を覚えたばかりのドラッグストアやスーパーに行って、薬や栄養のつくものを買ってきた。かよは、「一人だと身体引きずって買いに行かなきゃいけないんだよね。よかった、ななみがいてくれて」と、泣きそうな顔をして言っていた。
編集長も、一人で、困っているかもしれないし…。
ななみは、とにかく編集長の部屋に行く理由をこじつけた。彼女でもないのに重いんだよ、とかキツイことを言われる可能性だってある。
でも、ひょっとしたら、すごく喜ぶ可能性だって、ある。
弱気になって引き返したくなる気持ちと戦いながら、桜井神社の角を曲がり、編集長のマンションの下に着いた。部屋番号は、社員名簿で確認してあった。