Stayhere! 上司は××××で御曹司
ななみは興奮しながら編集長を振り返った。
「編集長…なんでこんなものが、ここに…」
編集長は、口を開けて何か言おうとした。
「そうだったんですね!」
「北条、それは」
「どうして言ってくれなかったんですか」
「いや…」
「編集長、コスプレするくらい、マスクドキングが好きだったんですね!」
「…は?」
「そんなに隠さなくてもよかったのに…そうか、じゃあレビュー書かせないのも、ファン心理で
?インディーズだったのにこれ以上売れて存在が遠くなるのが嫌、とかそういうわけだったんですね。そうだったのか…編集長がマスクドキングの音楽性を否定するのって腑に落ちなかったんですよ。隠れファンだったんですね。嬉しい…あ、このことは、編集部の誰にも言いませんから、ご安心ください」
一気にななみはまくしたてた。マスクドキングのファン友達もいないななみには、身近にキングのファンがいたのが嬉しくて仕方がない。
編集長は、呆然とした顔をして、ななみを見ている。
さすがに、ななみも、気安すぎたか、とはっと我に返った。
「ごめんなさい、ぺらぺらと。あ、編集長、早く髪の毛乾かさないと風邪、ぶり返しますよ。それでは、また会社で」
そう言って呆けた顔の編集長に会釈して、ななみはマンションを後にした。
帰り道、ななみは上機嫌だった。編集長の風邪が治ったこと、編集長と朝食を取ったこと。それも嬉しかったが、何よりも嬉しかったのは、編集長がマスクドキングが好きだ、ということだった。編集長とは、好きな音楽の傾向が似ていたので「どうしてキングはダメなんだろう…」と、いつも思っていた。編集長がキングを好きだったら、あの曲のあれがこれがと話してみたかった。
「rock:of」ではキングをあつかわない、と言われてすっかりそんな夢も消えていた。
だが、夢はさっきの出来事で復活した。
編集長とキングの話をじっくり、時間をかけてしてみたい。編集長の書く記事はいつも切り口が斬新で、こちらを驚かせる。そんな編集長とのキング談義。すごく面白そうだ。
浮足立ってアパートに帰ると、かよから、じろりとにらみつけられた。
そうだった。無断外泊しちゃったんだっけ、とななみは身体を縮めた。
「どういうことか、聞かせてもらおうじゃないの」
かよはななみをにらんだまま、すごんだ。
「かよちゃん、仕事の時間は」
「今日は、遅番だからいい。いい?あんたは叔父さんと叔母さんから預かってる身なんだからね勝手な真似されちゃ」
「かよちゃん、実は編集長が風邪で寝込んでいて、看病してたの」
「え」
かよの顔つきが変わった。
「やるじゃん、ななみ。無断外泊は許さないけど、その点は褒めてつかわす」
「褒めるような事じゃ…それよりかよちゃん!」
「なによ」
「編集長ってマスクドキングの隠れファンだったの!!」
「そう、なの…?だってレビューに書くなって言ってなかった?」
「だからファン心理よ。これ以上、有名になってほしくないのよ」
「はあ…そんなもん、かなあ」
今一つ腑に落ちない、そんな顔でかよは言う。
「私、周りにキングファンいなかったから、嬉しくて。あー、ますます会社行くの楽しみになったなあ!」
「ちょ、ちょっとななみさん。あんたの編集長への恋心はどうなったの?」
「えーと。あれは、保留でいいかな」
「保留?」
「もうすぐ校了で忙しくなるし、校了明けの二日後にキングのライブがあるし。編集長のことはそれからで。あ、もうシャワー浴びないとやばいっ」
浴室に駆け込むななみに、かよが「また遠回りになりそう…」と呟いたのは聞こえなかった。
数日後。昨日、校了が明けたばかりの編集部には、まったりとした雰囲気が流れていた。昨日までの殺伐とした雰囲気は何だったんだろう、と思う。ななみは宛名シールを作ったり、資料をファイリングしたり、と地味な仕事を探してコツコツとやっていた。
「あ、すげえ古いのでてきた」
向かいの席の相田さんがスマホを見ながら言った。相田は四十歳。勤続二十年のベテラン男性ライターだ。普段、もくもくと記事を書くタイプで、ななみと話すのは今日のような校了明け後が多かった。
「お宝映像とかですか」
つい、ななみもわくわく顔できいてしまう。相田は二十年のキャリアの中でいろんなミュージシャンと逢ってきている。業界裏話なんかさせると、この編集部で右に出るものはいない。ななみも、あの有名ミュージシャンにそんなことが、と何度も感心させられている。
相田は言った。
「お宝っていうかさ。五年前の動画だな。編集長が歌ってるとこ」
「え?編集長が歌?」
ドキリとする。編集長が学生時代、ベースだったのは知っていた。でも、プライベートで歌うイメージはなかった。
「編集長、飲み会にも出ないし、歌うタイミングなんてないんじゃ」
「それが、あるんだな。編集長、飲み会に来なくなったのは、ここ三年くらいだよ。以前は、普通に参加して、そこそこ盛り上げてくれてたよ。それで、カラオケとかも行ってな。歌がうまかった。北条、聞くか?」
はいっ、と頷いて相田からスマホを受け取る。
引き出しを開けて、自分のイヤホンを取り出し、相田のスマホにつけて、それからスマホの画面を操作する。
確かに、そこには歌っている編集長の姿が流れていた。カラオケボックスで撮影されているので、映像が粗かった。でも、編集長の顔が、今より若いのはわかる。
歌っているのは古いロックナンバーだった。ななみが私も好きです、と盛り上がった曲。でも、問題はそんなことではなかった。
声が。歌声が。
ななみはスマホを握りしめて固まった。
編集長の声は、たしかにソウと似ている。ソウの声はそんなに珍しいものではない。ハスキーな男性の声だ。ただ…似すぎて、いる。
編集長の歌声は、ソウ、そのもの。
息の抜け方、言葉の響かせ方、ちょっと首を傾げる癖。
全てが、ソウに似ている。
ドキン、ドキンと胸の中が騒がしくなる。
ななみは何度も繰り返し、その動画を見た。
「北条、仕事で使うからスマホ、返してくれ」
はい、と頷いてななみはスマホを相田に渡した。相田は、アイドル系のロックが好きで、邦楽ロックのインディーズには詳しくない。だから、何とも思わなかったようだ。
ドキン。ドキン。
ななみの胸の内は鎮まってくれない。
マスクドキングのライブは、明日に迫っていた。
仕事が終わって、老舗のライブハウスに駆けつけた。会場は200人くらいが入れる、ライブハウスとしては大き目の方だった。ワンドリンク制なので、ビールを片手に連れと喋っている人もちらほらいる。女性七割、男性三割、といったところだろうか。マスクドキングの曲のほとんどがラブソングだ。切なめのものも多いが、ハッピーなものもある。女性の人気が高いのは自然な流れだとななみは思う。
そして、何よりも、ファンを捉えて話さないのは、ボーカル・ソウの歌う姿だ。どうやったらこんなに集中できるんだろう、といつも感心させられる。全身全霊を注ぐとは、こういうことなのか、と思い知らされる。
会場にまだ照明がついていて明るい。ミュージシャンが出てくるまでのわくわく感でホールがいっぱいになっている感じ。それが、ななみは好きだ。これだけは、CDやDVDでは感じられない。
ななみの胸の内は、いろいろと騒がしかったが、今はライブに集中しよう、そう思った。
しばらくすると、照明が消えて暗くなった。客のきゃあっと言う歓声が響く。
「編集長…なんでこんなものが、ここに…」
編集長は、口を開けて何か言おうとした。
「そうだったんですね!」
「北条、それは」
「どうして言ってくれなかったんですか」
「いや…」
「編集長、コスプレするくらい、マスクドキングが好きだったんですね!」
「…は?」
「そんなに隠さなくてもよかったのに…そうか、じゃあレビュー書かせないのも、ファン心理で
?インディーズだったのにこれ以上売れて存在が遠くなるのが嫌、とかそういうわけだったんですね。そうだったのか…編集長がマスクドキングの音楽性を否定するのって腑に落ちなかったんですよ。隠れファンだったんですね。嬉しい…あ、このことは、編集部の誰にも言いませんから、ご安心ください」
一気にななみはまくしたてた。マスクドキングのファン友達もいないななみには、身近にキングのファンがいたのが嬉しくて仕方がない。
編集長は、呆然とした顔をして、ななみを見ている。
さすがに、ななみも、気安すぎたか、とはっと我に返った。
「ごめんなさい、ぺらぺらと。あ、編集長、早く髪の毛乾かさないと風邪、ぶり返しますよ。それでは、また会社で」
そう言って呆けた顔の編集長に会釈して、ななみはマンションを後にした。
帰り道、ななみは上機嫌だった。編集長の風邪が治ったこと、編集長と朝食を取ったこと。それも嬉しかったが、何よりも嬉しかったのは、編集長がマスクドキングが好きだ、ということだった。編集長とは、好きな音楽の傾向が似ていたので「どうしてキングはダメなんだろう…」と、いつも思っていた。編集長がキングを好きだったら、あの曲のあれがこれがと話してみたかった。
「rock:of」ではキングをあつかわない、と言われてすっかりそんな夢も消えていた。
だが、夢はさっきの出来事で復活した。
編集長とキングの話をじっくり、時間をかけてしてみたい。編集長の書く記事はいつも切り口が斬新で、こちらを驚かせる。そんな編集長とのキング談義。すごく面白そうだ。
浮足立ってアパートに帰ると、かよから、じろりとにらみつけられた。
そうだった。無断外泊しちゃったんだっけ、とななみは身体を縮めた。
「どういうことか、聞かせてもらおうじゃないの」
かよはななみをにらんだまま、すごんだ。
「かよちゃん、仕事の時間は」
「今日は、遅番だからいい。いい?あんたは叔父さんと叔母さんから預かってる身なんだからね勝手な真似されちゃ」
「かよちゃん、実は編集長が風邪で寝込んでいて、看病してたの」
「え」
かよの顔つきが変わった。
「やるじゃん、ななみ。無断外泊は許さないけど、その点は褒めてつかわす」
「褒めるような事じゃ…それよりかよちゃん!」
「なによ」
「編集長ってマスクドキングの隠れファンだったの!!」
「そう、なの…?だってレビューに書くなって言ってなかった?」
「だからファン心理よ。これ以上、有名になってほしくないのよ」
「はあ…そんなもん、かなあ」
今一つ腑に落ちない、そんな顔でかよは言う。
「私、周りにキングファンいなかったから、嬉しくて。あー、ますます会社行くの楽しみになったなあ!」
「ちょ、ちょっとななみさん。あんたの編集長への恋心はどうなったの?」
「えーと。あれは、保留でいいかな」
「保留?」
「もうすぐ校了で忙しくなるし、校了明けの二日後にキングのライブがあるし。編集長のことはそれからで。あ、もうシャワー浴びないとやばいっ」
浴室に駆け込むななみに、かよが「また遠回りになりそう…」と呟いたのは聞こえなかった。
数日後。昨日、校了が明けたばかりの編集部には、まったりとした雰囲気が流れていた。昨日までの殺伐とした雰囲気は何だったんだろう、と思う。ななみは宛名シールを作ったり、資料をファイリングしたり、と地味な仕事を探してコツコツとやっていた。
「あ、すげえ古いのでてきた」
向かいの席の相田さんがスマホを見ながら言った。相田は四十歳。勤続二十年のベテラン男性ライターだ。普段、もくもくと記事を書くタイプで、ななみと話すのは今日のような校了明け後が多かった。
「お宝映像とかですか」
つい、ななみもわくわく顔できいてしまう。相田は二十年のキャリアの中でいろんなミュージシャンと逢ってきている。業界裏話なんかさせると、この編集部で右に出るものはいない。ななみも、あの有名ミュージシャンにそんなことが、と何度も感心させられている。
相田は言った。
「お宝っていうかさ。五年前の動画だな。編集長が歌ってるとこ」
「え?編集長が歌?」
ドキリとする。編集長が学生時代、ベースだったのは知っていた。でも、プライベートで歌うイメージはなかった。
「編集長、飲み会にも出ないし、歌うタイミングなんてないんじゃ」
「それが、あるんだな。編集長、飲み会に来なくなったのは、ここ三年くらいだよ。以前は、普通に参加して、そこそこ盛り上げてくれてたよ。それで、カラオケとかも行ってな。歌がうまかった。北条、聞くか?」
はいっ、と頷いて相田からスマホを受け取る。
引き出しを開けて、自分のイヤホンを取り出し、相田のスマホにつけて、それからスマホの画面を操作する。
確かに、そこには歌っている編集長の姿が流れていた。カラオケボックスで撮影されているので、映像が粗かった。でも、編集長の顔が、今より若いのはわかる。
歌っているのは古いロックナンバーだった。ななみが私も好きです、と盛り上がった曲。でも、問題はそんなことではなかった。
声が。歌声が。
ななみはスマホを握りしめて固まった。
編集長の声は、たしかにソウと似ている。ソウの声はそんなに珍しいものではない。ハスキーな男性の声だ。ただ…似すぎて、いる。
編集長の歌声は、ソウ、そのもの。
息の抜け方、言葉の響かせ方、ちょっと首を傾げる癖。
全てが、ソウに似ている。
ドキン、ドキンと胸の中が騒がしくなる。
ななみは何度も繰り返し、その動画を見た。
「北条、仕事で使うからスマホ、返してくれ」
はい、と頷いてななみはスマホを相田に渡した。相田は、アイドル系のロックが好きで、邦楽ロックのインディーズには詳しくない。だから、何とも思わなかったようだ。
ドキン。ドキン。
ななみの胸の内は鎮まってくれない。
マスクドキングのライブは、明日に迫っていた。
仕事が終わって、老舗のライブハウスに駆けつけた。会場は200人くらいが入れる、ライブハウスとしては大き目の方だった。ワンドリンク制なので、ビールを片手に連れと喋っている人もちらほらいる。女性七割、男性三割、といったところだろうか。マスクドキングの曲のほとんどがラブソングだ。切なめのものも多いが、ハッピーなものもある。女性の人気が高いのは自然な流れだとななみは思う。
そして、何よりも、ファンを捉えて話さないのは、ボーカル・ソウの歌う姿だ。どうやったらこんなに集中できるんだろう、といつも感心させられる。全身全霊を注ぐとは、こういうことなのか、と思い知らされる。
会場にまだ照明がついていて明るい。ミュージシャンが出てくるまでのわくわく感でホールがいっぱいになっている感じ。それが、ななみは好きだ。これだけは、CDやDVDでは感じられない。
ななみの胸の内は、いろいろと騒がしかったが、今はライブに集中しよう、そう思った。
しばらくすると、照明が消えて暗くなった。客のきゃあっと言う歓声が響く。